昼顔 / 夏アラモード・ラスト

昼顔


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昼顔や真昼の中は真空管




昼顔や妹少し泣いて見せ



昼顔はだれかの小さな思い付き



砂山のかたちうつろう昼顔や



昼顔や砂浜に鍵失くしをり

二十才そこそこの頃、数人で海へドライブした時のことだ。
自分のボーイフレンドはまだ免許を持っていなかったから、確か友人の彼氏が運転していたのだが、夕方、さて帰ろうかという時になって、いつの間にか車の鍵が無くなってしまっていたのだ。

さあ困った。なにせ皆一日中砂浜に居たのだから、探すといったって、これは気の遠くなるような話である。
それでも仕方なく私達は探した。ウロウロと、夢遊病者のように、虚しく砂地をかき回しながら、歩いた。
結局見つからずに、疲れ果てた私達は地元の専門の業者に連絡することになった。

昔のことなので、よく覚えていないこともあるが、なにしろ機械や車のことは皆目わからないから説明のしようもないのだが、何か事は難航しているようで、「いやー、これは無理かな、○○が○○でないと、やはりちょっと無理かなー、」みたいな怪しい展開になってきた。

皆はらはらと成り行きを見守っていたが、長い間その人が色々と頑張ってくれて、ついに目出度く車は動く運びとなった。

お礼を言う私達に、その人が言った。
「いやあー、お盆だし、人助けしなくっちゃって。」
今思えば、30代半ばくらいの、お兄さんとおじさんの間のような、飾り気のない無精な感じの人だった。

その言葉は何ということなく、長い間私の記憶の砂の中の、大分下の方に、埋まっているのみだった。

それがなんで40年近い歳月を跨いで、今いきなりポップアップしてきたのかと思ったら、少し前に読んだ、松下幸之助の「道をひらく」という著書の中の一文と、妙に響き合い、磁力で引っ張り合って、飛び出してきたらしい。

と言っても、啓蒙書の類の、大嫌いな私。普通だったら、絶対読まないジャンルの本だ。
本屋の啓蒙書の棚の前を通ると、目の迷いではないかというような信じがたいタイトルの本が並んでいるではないか。
「今すぐにあなたの習慣は変えられる」、「人生がすべてうまくゆく10のルール」、「その人は何故運命をすっかり変えることができたのか」、「悩みは完璧に無くせる」、などなど。
これらの本は、そういってはなんだが、様々なツボ指圧グッズやストレッチ用のぐぃーんと伸びる特大ゴム紐なんかと同じで、ものの一週間もすれば、無用の長物と化して意識の中から忘れ去られるのが落ちというものだ。

そんな本棚の前を通り過ぎようとしたら、不似合いな可愛い文庫本サイズの本があったので、
職業柄、デザインの可愛さから手に取ると、それがたまたま松下幸之助の著書だったのだ。
感心したのは、同じ本で違う装丁、つまりカバーの絵が違うものがあるという企画で、初めは1巻、2巻とかそういうものかと思ったら、同じ一冊の著書を、違うカバーで出版している。
つまり、自分の好きな雰囲気の装丁のものを、選べるのである。
これは画期的な企画だなあと感心して、中を開いてみた。
開いたそのページにあった文章が、啓蒙書にしては珍しく、私の気持ちにすんなりとしみ込んできた。

「与え与えられるのが、この世の理法である。すなわち、自分の持てるものを他に与えることによって、それにふさわしいものを他から受けるのである。これで世の中は成り立っている。

与えるというのは、わかりやすくいえば、サービスするということである。自分の持っているもので、世の中の人々に精一杯のサービスをすることである。
頭のいいひとは頭で、力のある人は力で、腕のいい人は腕で、優しい人はやさしさで、そして学者は学問で、商人は商売で…。

どんな人にでも、探し出してくればその人にだけ与えられている尊い天分というものがある。その天分で、世の中にサービスすればいいのである」。

妙にすっと気持ちに入って来た。
私達は貨幣というものを介在させて生活をしているから、
仕事のイメージは「金銭を得るためのもの」という味気ない、窮屈なビジョンになりがちだ。
しかし貨幣の向こうに存在しているものは、様々な人々の生活をかけた創意工夫であり、労働の結果であり、持てる天分や修行の結果であるサービスの諸々なのだ。

経済や貨幣の循環のみのイメージしかもっていないと、殺伐たる世の中の構図のみに気がいってしまうが、サービスの循環、しかも「それぞれが持てる天分を存分に使って」のサービスの循環、というイメージを持つと、俄かに違った切り口の世界が見えてくる。

「経済」というクールなものと、「個人の天分」というホットなもののマッチング。

しかし私達は個人の資質を伸ばすような教育を受けているとは言えない。

学歴主義の、知識をどれだけ記憶しているかが人間の評価の主軸になる教育の中に投げ込まれてきたわけだから、「自分の天分」「自分の長所」なんていったって、見当がつかないよ、というような若い人も多いのではないか。
職業もまたしかりでマニュアル通りの応対を叩き込まれるから、予定外のことが起きると、何と応対してよいかわからず途方に暮れているような場面にも出くわす。

「個人の天分」というのは、本人だけでなく、周りも意識してそれを引っ張り出してあげないと、なかなか花を開かないのではないだろうか。
考えてみれば、販売に携わる人や美容師さんなどでも、それぞれ、周りに伝染するほど明るい雰囲気の人、静かだけれど気配りのできる人、手先が器用で仕事のはやい人、言葉が豊かで応対が如才ない人、など個性は様々だろう。
そういう「天分」みたいなものを、自分が発見して活かしていくこと、それには上に立つものも、そこをきちんと評価して、意識の上に引っ張り上げてあげる、そういことがもう少し必要なのではないだろうか。通り一遍なマニュアルだけでなく、積極的に個人の資質を伸ばすような視点。

そして皆が「自分の天分」をもっと意識し、活かしながら仕事をしたら、もう少し仕事というものに、面白さが出てくるのではないだろうか。

わが事を思えば、この年になっても、仕事というのは、いかに自分の天分を使っても、クライアントは絶対であるし、歯ぎしりするようなこともままあるものが仕事であり、趣味でなく仕事となってからは、畢竟お金をもらうためだという意識が、上層に浮かばざるを得ないような状況でやっていた。

「誰かのために」とか「誰かを助ける」などという感覚は、おこがましいとも思っていた。
私のできる限りのことをつぎ込む、精一杯の仕事はする、でもその向こうに存在しているのは、その報酬であり、私と、その報酬との循環の中で、世界は閉じている、そんな感じだった。

でもせめて「誰かが喜んでくれるかもしれない」、そんな方向に、もっと自分の意識を広げていってもいいのかもしれない。そしたら仕事というものに、ひとつ違った意味と喜びが加わるかもしれない。

そしてまた、松下は言う。
「この世の中は持ちつ持たれつ、人と人との協同生活によって、仕事が成り立っている。暮らしが成り立っている。神様ではないのだから、全知全能を人間に求めるのは愚の限りである。人を助けて己の仕事が成り立ち、また人に助けられて己の仕事も円滑に運んでいるのである。
長所と短所と。それは人間のいわば一つの宿命である。その宿命を繁栄に結び付けるのも、貧困に結びつけるのも、つまりはおたがいの心配りひとつにかかっているのではないか」

人は皆違っている。違っているから、素晴らしいのだ。違っているからこそ、協力すれば、ひとりではできないような、何かがなせる。
それぞれの天分や素質を排除し合わず、尊重すればこそ、事業にもプラスになり、各々ももう少し生きやすくなるというものではないだろうか。 

「社畜」という言葉が使われ、就活をする若い人達が最初にするのは自分のチェックした会社がブラックでないかの洗い出しだ。そんな世の中の状況を変えるのはとても難しいことだろう。
少しでも、流れの方向が松下の言うような個人の資質が生かせる社会へと、変わってくれることを願うばかりだ。





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夏アラモード・ラスト



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峯雲やジーンズ干せば固くなり



蜜豆や重い話は切り出せず



ガラス器に入日もありぬ蜜豆や



目閉じても夏野の先はまた夏野



寝入り端夜店の如く今日のこと



アイスティーこの頃旅に出なくなり



夏草やどこに情熱置忘る



シャンデリア消えている夜の凌霄花



凌霄花アリアの同じ箇所で泣く

凌霄花というのは、不思議と和風にも、洋風にも見える。
かなりディコラティブなイメージで、歌舞伎やオペラにイメージが結びついてしまう。
同じ処で、同じセリフで、同じ音楽で、泣く、また笑う。
そんな少し俗っぽい空気も感じる。

宝塚みたいな感じ。

蟻が入ったら、出してくれないようなコワさもある。

いずれにしても、かなり色っぽい、のである。



わが影入れば夏木立とひとつ影







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いつもご訪問頂きありがとうございます。 「俳句とエッセイ時々音楽」のブログ名を、「A Cup of俳句」に改名させていただきます。宜しくお願いいたします。

プロフィール

ネコヤナギ

Author:ネコヤナギ
俳句は一行詩。コンパクトな宇宙です。それと日々出会う物・事を気ままに綴り、ジャンルにこだわらない音楽のことも少し。俳句は1994年から書き溜めていたものを2017年1月から遡ってまとめました。
50代後半、双子座・A型・主婦兼グラフィックデザイナー。在宅ワーカーです。
趣味は俳句・デザイン・音楽・手織り。最近ホロスコープの奈落に足を突っ込んでいます。

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