百日紅・風鈴・炎天など

百日紅


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今日の風底をついたり百日紅



硝子器に空の散らばる百日紅



百日紅髪は真昼へ伸びてゆく



百日紅星を揺らして睡り来る



百日紅何に追われている日暮れ



百日紅ほんとの気持ちいくつある

百日紅ほどに、こちらの気持ちを様々に映して千変万化する表情を見せる花はなかなか無い。
それは、風に棲んでいるような、その花の柔らかさがその所以かもしれないと思う。

微風の時、百日紅は笑みこぼれるかのように優しいし、こちらの気分が良い時も、しかり。
ところが、強風の日、折から身辺に心が騒ぐようなことがあった時には、この花は揺れるだけ揺れて惜しまぬから、見ている方も、ざわざわと気持ちが掻き立てられてしまう。

それにしても、若い頃には、「本当の気持ち」というのは、ひとつなのだと思っていた。
思っていただけで、実は事実は違っていたのだろうけれど、強引に自分の心を結論に結び付けてゆく元気や無知があったから、そんなものだと思っていた。

しかし、還暦も目の前という今になって、ひとの「本当の気持ち」というのは、決してひとつではなく、決してひとつではないことだけが、だたひとつの「真実」なのだという、ややこしいことが、見えてくる。

どの自分に自分をシフトさせて生きてゆくのか。

どれが一番いい道なのかなんて、それは誰にも分らない。




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風鈴・炎天など


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風鈴の音は新しき空ひらく



風鈴鳴り思案出だしに戻りをり



炎天のところどころを人歩く



炎天や瓦に太陽ひとつづつ



惑星のどこが溶けても熱帯夜



ゆふぐれてトマト真ん中奔放に



月見草愛また不死身にはあらず



月見草終電早く終わる町



世間話抜けて涼しき道となり



雷鳴や喜怒哀楽の雲厚く



絵日記の間が開く頃の西瓜かな     (西瓜は一応秋の季語ですが、昨日食べて気分だったので)



私が子供の頃の夏休みは、宿題の分量が半端ではなかった。
各科目ほとんどあったような気がする。漢字練習、計算問題、理科の観察、工作、自由研究、家庭科の手芸、読書感想文、絵日記etc。

最も暑さも今ほどではなかったのだから、そこのところの事情は違うが。
記憶の中では、絵日記に今日の気温32度などと書き込みながら、「今日は今までで一番、暑かったです」
などと記していた覚えがあるのだ。
少なくとも、35度だの、36度などという数字は書いた覚えは、無い。

ああ、でも今の子供は、「塾」ってものがあるから、学校の宿題が無いからって、のんびりしてられるわけでなないんだ。気の毒だなあ。

夏休みの初めの頃は、ひたすら良い。
計画だけは膨大だ。地球を一回りすることだって、できそうな、気分。
しかし中盤辺りからどんどん怪しくなってきて、後半、着々と夏休みが最後に近づいてくると、頭の片隅に、溜まっている宿題の守護霊が、その不気味な姿を現し始める。

そんな頃に、よく西瓜を食べたような。
白いページばかりの絵日記。一週間でどうする、自由研究。家庭科は、確か刺繍のテーブル・クロス!

西瓜の果肉はなんというか、密度がゆるくて、スカスカしている。
キウイーや桃みたいに、ねっとりしていなくて、凄く食べやすく、そのスカスカした夏を、子供達はたちまちに荒らして食べつくす。踏み込みやすい甘いジャングル。

西瓜を食べると、今でも何ていうか、アクティブな気持ちが蘇るのだ。
ちょっと、小さなスポーツを、した感じ。




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いつもご訪問頂きありがとうございます。 「俳句とエッセイ時々音楽」のブログ名を、「A Cup of俳句」に改名させていただきます。宜しくお願いいたします。

プロフィール

ネコヤナギ

Author:ネコヤナギ
俳句は一行詩。コンパクトな宇宙です。それと日々出会う物・事を気ままに綴り、ジャンルにこだわらない音楽のことも少し。俳句は1994年から書き溜めていたものを2017年1月から遡ってまとめました。
50代後半、双子座・A型・主婦兼グラフィックデザイナー。在宅ワーカーです。
趣味は俳句・デザイン・音楽・手織り。最近ホロスコープの奈落に足を突っ込んでいます。

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