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立葵・夏アラモード

立葵


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立葵空がうしろへ退きぬ



ペディキュアを塗って出かける立葵



立葵遠くの海が濃くなりぬ



立葵女王何人夜の庭



立葵うしろに列車すれ違う



夢の駅いくつ通過し立葵

立葵というのは、あっぱれ、と言いたくなるような、花である。
何があっぱれなのかよくわからないが、とにかくそんな感じなんである。

派手と言えば派手なのだが、その派手さは、「キンキラキン」系ではないし、薔薇や牡丹や百合のような「ゴージャス&上品」系でもない。
それなのに「派手」。ゴージャスと両立しない「派手」というのは、割合珍しい。
「絹」の服ではなく、「木綿」の服、でも「派手」。

気取りのないきっぱりとした性格の、おおらかで、大きな口を開けて笑い、でも怒ると一途な、そんな背の高い女性。そばに一人くらいはいそうである。髪の色は黒。

なぜか立葵は、線路脇や駅によく植えてある。
だから何かというと、「列車」にイメージが結びついてしまう。

山の麓の単線の駅などにも、どっさり咲いていた光景が、目に焼き付いている。

ところで列車といえば、「列車で、なんだかわけのわからない町を、行ったり、来たりする夢」を、私は非常によく見るのだ。

列車に乗って、移動している夢は、何か状況を打破したいような、あるいは新たな状態にまだ慣れない、というような、
過渡期に見るという話を何かで読んだことがある。

うーん、そんなこと言ったら、この20年間くらいは、「
過渡期」の連続だったような状況だった。
問題の連続だった。解決なんかつく前に、次々問題が覆いかぶさってきた。

でもそれは私ばかりではないが。友人のうち、3分の2くらいは、何かしら大きな問題を抱えている。

また、私は特にこの1年の間、「ゴミ屋敷のようになった家の前にいる」夢も、よく見た。
見知らぬ家が、廃墟のようになっていて、部屋の中は7分目くらいまで、ガラクタやゴミで埋まっているのを、前に立って、見ているのだ。
基本的な人間関係の悩みを、諦めて、放っておいた時に、よく見た。
その問題は、なかなか進展しなかった。進展のしようがなかった。私はどうしたものか、途方に暮れていた。

最後の方には、ついに自分がゴミ屋敷のゴミに埋まってしまっていて、なかなか出られない、そういう怖い夢を見た。何となく、私はこのままではまずいと直感した。折良く相手から話し合うことを提案してきたので、もう一度、私は関係の回復を試みることにした。
その問題は、解決し切ったわけではない。まだその途上であるが、行動は起こした。
すると、ゴミ屋敷の夢は見なくなった。

でも夢は、現在の自分の状況を予言したり、「こうするべき」と決めつけるようなものでは、ないという。

ただ、昼間覚醒時の意識の状態があまり一方に傾いて凝り固まってしまった時に、そういう自分をほぐすために、「こういう風に思っている自分もいる」ということを、無意識の方から、教えてくれるものなのだ、と。

そして今の自分の本当の状態というものを、総合的に示唆してくれる、ということらしい。
(この辺のことは、大好きな心理学者、河合隼雄から学んだことである)

大事なのは、その夢を見て、自分がどんな風に感じたか、どんなふうに思ったか、それが大切なのだと言う。

立葵の土手の後ろを、今日も列車が通る。
沢山の人を乗せて、沢山の思いを、乗せて。 立葵の後ろで、列車がすれ違う。











夏 ア・ラ・モード


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七月のネオン静かに水を割る



冷蔵庫音色々に不眠かな



万緑の風に圧されるビル一群



掟無き万緑となり地平線



噴水の音も疲れる夕暮れは



ハンカチの手品のように齢取りぬ



花合歓や悩める時はそばにいる



ひらがなの煙上がりて蚊遣香



蚊遣火を焚けば親しき闇となる

蚊取り線香というのは、蚊をやり過ごすだけではなく、言ってみれば日本古来のアロマ・セラピーでもあるのではないだろうか。
最近は、蚊取り線香以外に、色々化学的に蚊を殺すものも様々出回っているが、よくよく調べると、あまり体にいいものではないらしいので、結局のところ、これに戻ってしまうのだ。
最も蚊取り線香だって、人体に無害ではないらしいが、まだこちらの方がましなのではと、それ程根拠があるわけでもなく、慣れたものに戻ってしまう。

私はやはり「金鳥」派だ。
夫は「アース」派。息子はさんざん泊まった実家でも使っていたので、やはり「金鳥」派。
この辺は、その時その時の現在形の好みだけでなく、幼少期に長々と体験してきた嗅覚の記憶がものを言うのだろう。

この頃は気象異常で4月に蚊が出たりするから、変な時期から引っ張り出して使っているが、いつも初めて蚊取り線香を使った時は、少なからず感動する。

「落ち着く~」というのが、決まり文句だ。

蚊を撃退してくれるだけではない。
現代人の脳裡に浮かんでいる、「あれをしなくちゃ」「これをしなくちゃ」「ああすればよかったかな」「こうすればいいのかな」などなど、切りもない「より良き生活のための欲望」つまり「現在からの果てしなき逸脱」、そんな心持ちも、しばしの間、撃退してくれる。

また、隅々まで蛍光灯に照らし出されている生活は、気持ちまで、あれこれとかしましくコントロールするようになりがちな気がする。

北欧の人々は、夕暮れになると、窓辺のキャンドルをうまく使って、生活に潤いやリズムを作り出しているようだが、見習いたいものだ。どうも日本人というのは、勤勉過ぎるというか、遊び心があまり無い。
自分も、スタンド(照明器具)が好きで、リビングには小さなものが3つくらい、棚やチェストの上に置いてある、あるのだがー!
こういうものをうまく使って、メインの蛍光灯を消して食事をしたり、寛いだりすれば、どれだけ良い雰囲気になるであろう、それなのに。
すいません、やっぱりわーっと夕飯作って、わーっと食べて、わーっと洗って、点けてないなあ、スタンド。
形ばかり西欧のものを入れても、習慣がついてこないんだなー。もう。

そんな明るすぎる生活の中で、蚊取り線香を使っているのだが、これが本当に威力を発揮するのは、電気を消して、闇の中に香りが浮遊している、そんな状態の時だ。

この香りの中では、闇がすっかり喜ばしいものになる。
ふくよかで、深々と落ち着いて、その柔らかな懐に私達を休ませてくれる。

全てがあるべきところにある。闇も、自分も、「今」という時も。












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いつもご訪問頂きありがとうございます。 「俳句とエッセイ時々音楽」のブログ名を、「A Cup of俳句」に改名させていただきます。宜しくお願いいたします。

プロフィール

ネコヤナギ

Author:ネコヤナギ
俳句は一行詩。コンパクトな宇宙です。それと日々出会う物・事を気ままに綴り、ジャンルにこだわらない音楽のことも少し。俳句は1994年から書き溜めていたものを2017年1月から遡ってまとめました。
60代突入・主婦時々グラフィックデザイナー。在宅ワーカーです。
趣味は俳句・ガーデニング・音楽・デザイン。

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