沈丁香  2017/3


20173e.jpg




沈丁香追い越してゆく少女かな

沈丁花の香りというのは、私にとっては本当に特別の香りだった。
そうなったのは、13歳頃からだったと思う
思春期の私にとっては、「未知」という言葉が花の香りになったら、それは沈丁香だった。

今、沈丁香に出くわすと、後ろから速足で来る足音は、13歳の私なのだ。
そして彼女は、私に気づきさえしない。
私と濃密な沈丁香のわだかまりを追い越して、すいすいと行ってしまう。



沈丁香過去の中にもある未来

過去に見ていた夢。過去に見ていた未来。
それらは今何処にあるのだろう。
過去の中だけで昏々と眠っているのか。
でも微かに、何処かにいるのだ。
幽霊のようだけれども、今現在の何処か隅っこで、忘れられた花のように、隠れて咲いている。



沈丁香成層圏はやはらかに




家々の灯が濃くなりぬ沈丁香




バスを待つ人の背にある余寒かな

背後霊かって。
「春寒」というと辺り一帯に漂っている、空間的な大きさえをイメージする。
でも「余寒」というと、何かもっと人の身の回りにまとわりついている、生活に組み込まれている「残る寒さ」、そんな感じがする。それにしても今年は、春が遅いと思う。


1週のはやさがさみし梅の花

これは周りにいる大人皆が言う。
皆が言うけれども、やはり微妙に違うんだろうなと思う。
大体が、変化のない事ばかりで埋め尽くされていた1週は、特に速い。


ねこやなぎ朝のひかりをふくみをり

どうしても、触らずにおれない。
触ってみれば、たちどころに心がほぐれる。
これはどう考えても、「猫手」の感触である。
思えば実家では、生まれてこの方、猫がいないことは無かった。
でも今は色々な事情で飼うことはできない。

だからどうしても、猫柳に出会うと、触ってしまう。
猫柳は大いに迷惑しているだろう。






ランキング始めました。
応援お願いします。

にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ
にほんブログ村
 
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

お知らせ

いつもご訪問頂きありがとうございます。 「俳句とエッセイ時々音楽」のブログ名を、「A Cup of俳句」に改名させていただきます。宜しくお願いいたします。

プロフィール

ネコヤナギ

Author:ネコヤナギ
俳句は一行詩。コンパクトな宇宙です。それと日々出会う物・事を気ままに綴り、ジャンルにこだわらない音楽のことも少し。俳句は1994年から書き溜めていたものを2017年1月から遡ってまとめました。
50代後半、双子座・A型・主婦兼グラフィックデザイナー。在宅ワーカーです。
趣味は俳句・デザイン・音楽・手織り。最近ホロスコープの奈落に足を突っ込んでいます。

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR