初桜  2017/4

電線に分かれし空や初桜



夥し地中の根より初桜



初桜猫の逃げゆく暗がりへ



少しだけ血が薄くなる初桜



ゆうぐれの裸の空へ初桜




20174d.jpg




初桜影曖昧になる時間



またひとつ骨に年取る初桜


そりゃ、年を取ったことがあからさまにわかるのは、皮膚や頭髪などの人の外側を構成しているものかもしれないけど、実感としてずしん、とくるのは、この年になると、どうも骨だという気がする。

若い友人が、誕生日に落ち込んで、「ああ、もう22歳になっちゃった。いやだなあ...」と言う。
私は言った。
「私も、思ったもんだ。 20歳になった時、『遂に20歳になってしまった』と。 30歳になった時も、『ああ、もうだめた』と。 40歳になった時、『こりゃもう、いかん』 そして50歳になる時、『あああ...もう勝手にすれば....!』」

「でもねー、今思えばね、なんて、バカだったんだろう。なんて、若かったんだろう。今に比べたら、まだまだいーっぱい色んな事ができたんだし、あんなこと考えるだけ損ってもんだったなって」。

かくいう私の年はと言えば.....プロフィールの「50代後半」というのは、確かにウソではないが、いやー、もう大変な後半なのだ。もう目前に、「今までとは違う大台」が、蒼ざめた山のように、聳え立っている。

少し前にこの大台を突破した主人が「60歳になった。」と落ち込んでいた時、私は言った。
「昨日59歳だったあなたと今日60歳になったあなたは、たった一日しか経過していない、一体どこが違うというわけ?」

そう、虚子も言っているではないか。
「去年今年貫く棒の如きもの」
その棒のごときものとは何か、「去年をも今年をも丸抱えにして貫流する天地自然の理」というのが大岡信の解説であるが、私的勝手にしたい解釈をすると、「去年も今年も貫いていく、たいして変わらぬ自分自身」、と考えてみるのも一興。
年は勝手にどんどん経過してゆくが、私自身は変わらぬ私として、2016年も2017年も貫いていく!と考えると、随分と楽に、なりませんか? 虚子には怒られるかもしれないが。

などと、人のことはどうとでも慰められたというのに、さていざ自分のこととなると、どうしたものだろう。

うーん、
ここはひとつ、80歳になった自分というものを想像し、言わせてみるしかない。

「なんてバカなんだろうねー、まだまだ若いじゃないか。まだまだできることも色々あるし、人にやってあげられることも、色々あるじゃないか」。




初桜月に臍の尾繋がりぬ



初桜まだ決心のできぬこと



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いつもご訪問頂きありがとうございます。 「俳句とエッセイ時々音楽」のブログ名を、「A Cup of俳句」に改名させていただきます。宜しくお願いいたします。

プロフィール

ネコヤナギ

Author:ネコヤナギ
俳句は一行詩。コンパクトな宇宙です。それと日々出会う物・事を気ままに綴り、ジャンルにこだわらない音楽のことも少し。俳句は1994年から書き溜めていたものを2017年1月から遡ってまとめました。
50代後半、双子座・A型・主婦兼グラフィックデザイナー。在宅ワーカーです。
趣味は俳句・デザイン・音楽・手織り。最近ホロスコープの奈落に足を突っ込んでいます。

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