菜の花 2017/4


ノラ・ジョーンズ(Norah Jones)は1979年生まれのアメリカのピアニスト&シンガー。女優。父はインドの有名な音楽家のシタール奏者ラヴィ・シャンカル。彼女の歌は、ふっと肩の力が抜けるような、そんなリラックス感が持ち味。
ノラ・ジョーンズ(Norah Jones)Come Away With Me (2002)より  「Don't Know Why」




菜の花や子の一群に追い越さる



菜の花や工事現場の音遠く



いつも一人で帰る少女に菜花咲く



ビニ傘のうちより見やる菜花の黄



風の尾のまだ揺れていて菜花かな




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菜の花や仕事終われば大の字に


デザインの仕事をしていると言うと、よく言われるのが、「趣味が仕事になるなんていいですね。」とか、「好きな事でお金を稼げていいですね」ということだ。
部分的には間違ってはいないけど、仕事となったら、厳しいのは、他の仕事と同じだ。
今のようにある程度定期的に仕事をもらえるようになるためには、ある期間コンペで勝ち続けなくてはならなかった。
無茶苦茶無理もしたし、またさせられたし、ドライアイの目薬を湯水のように差していたせいかなにか、白目がイチゴ色になり、長い間治らなくなった。
アレルギーのようだったが、ステロイドの目薬を、一週間差して治ったかと思えば、またイチゴ復活。
その繰り返しで、約ひと月の間、ステロイドの目薬を差したり、やめたり。でも、ステロイドって、たしか緑内障の原因になるんじゃなかったっけ?調べると、決して長期は使用しないようにとのこと。
結局、少しの間仕事を休ませてもらわなくてはならなかった。

「押しても駄目なら引いてみる」を延々と繰り返すのが、この仕事である。
どうもすっきりまとまらない時、どこかの色をほんの少し変える、線を本の太さをほんの少し細くする、字の大きさをほんの少し大きくする、ドロップシャドウ(影)の数値をほんの少し薄くする、などなど。
このほんの少しの匙加減で、「いける」デザインになるか「だめー!」なデザインになるかが分かれてくるから、あきらめずにチマチマした調節を繰り返していく。
しかし、最後完成に至るまでこうした小さな調節を、全体の中でのバランスを見ながら組み立てるので、いわば積み木のように出来上がっていく面もある。
そこで、後から、「ここの色、この色に変えてー!」とか気軽に言われても、そこの色だけ変えて済むような性質のものではない。
周り全てが、ある引力の相互引っ張り合いでできているから、そこの色を変えたら、他の様々なものの色々な事情も変えていかないと、全体として美しいものには、ならないのである。一個後から抜いたら、積み木はガラガラと崩れてしまうのだ。

でもまだ修正を頼まれるだけいいというものだ。
一番恐ろしいのが、こちらに内緒で修正されて、すごいことになって、すでに印刷されたものが送られてきた時。
広告代理店の下請けなら、上司はデザインのわかっている人だろうから、そんなひどいことはないだろう。
でも私のように、メーカーに直に外注デザイナーとして雇用されている場合は、クライアントの人達は、ソフトはいじれても、デザインの専門家ではない。その人達が手直ししてしまうこともある。
一見して、「なにこれーっ!!!」という絶句を何度経験したことか。
自分は職人気質なのだろう、いいものができるまで、粘りに粘って、完成させる。そういうやり方を変えることはできない。そしてそのあとに来るこの大ショックを、一体なんとしよう。

しかしそういう時、私は自分の怒りを開放する。絶対にごまかさない。
もちろん、クライアントにはぶつけられない。 あくまでも、自分一人で、時には友達の前で、完全に、怒るのだ。
仕事なんだから、こういうものよ、なんてクールに構えたり、絶対しない。
ここで怒っておかないと、私は人造人間とか、ゾンビとか、がんもどきとか、なんだか得体の知れないものに、なってしまう、そんな気がするからだ。

そしてまた、新しい仕事を、新しい気持ちでやる、しかない。
一途に、チマチマと完成を目指して。





菜花一面の嬉遊曲空の下



菜の花や今夜のおかずなんにする



太古よりひとつ太陽菜花咲く



菜の花に昼夜何度も入れ替わる

2017/04/02

明日は息子の入社式だという。
「背丈より菜花が高し入学す」と詠んだのは小学校の入学式であった。
張り切ってビデオ撮影しようと待ち構えていたのに、男女一組で手をつないでの入場で、隣の混血の女の子が非常に背が高く、その子の向こう側の息子はなかなかカメラの視野に入ってこなかった。
教室に移動すると、隣の学級花壇の菜の花が異様に生育が良く、息子の方が小さかったのをよく覚えている。

しかし自然は気まぐれだ。
中学では、背の順で一番前だったりした息子も、今では人の群れの中に居れば大抵頭一つ分くらいは抜きんでる長身となってしまった。これから始まる通勤ラッシュの毎日の中で、それだけでもまあ、いいといえばいいか、と言っていた。

時間というのは、蛇腹になっているのだろうか。
あんなにゴロゴロと色んな事があったけど、まるで一瞬のように、ぱたんと閉じられて、すましているのだ。




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いつもご訪問頂きありがとうございます。 「俳句とエッセイ時々音楽」のブログ名を、「A Cup of俳句」に改名させていただきます。宜しくお願いいたします。

プロフィール

ネコヤナギ

Author:ネコヤナギ
俳句は一行詩。コンパクトな宇宙です。それと日々出会う物・事を気ままに綴り、ジャンルにこだわらない音楽のことも少し。俳句は1994年から書き溜めていたものを2017年1月から遡ってまとめました。
50代後半、双子座・A型・主婦兼グラフィックデザイナー。在宅ワーカーです。
趣味は俳句・デザイン・音楽・手織り。最近ホロスコープの奈落に足を突っ込んでいます。

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