3月 椿と夢

まだ解けぬ難題ひとつ椿落つ



落椿まばたきもせず雲流る



落椿また落椿夜明けかな



落ち椿自分の名前忘れをり




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椿落つ長き夢からふと眼覚め
 


夢を見ている時の、(眠っている時の夢)そのシーンのことだけれど、今現在の住まいとか環境とかは、あんまり出てこない。大体小さい頃の家や若かったころ住んでいた家が、しょっちゅう出てくる。

私は、最初に住んでいた家からそんなに離れていない場所を、ぐるぐると引っ越していて、結婚した後もそこから電車で3駅の街に住んでいる、生粋の地元人間である。
でも、私が子供の頃の面影はもう、この辺には全然残っていない。
24階のビルは建つわ、モノレールは宙に浮かんでるわ、立体交差の道路で地形は原型をとどめていないし、区画整理で地元に住んでいた人々は、散り散りになってしまった。
そんなこんなで、時々幼少時代に住んでいた場所を通るのだけれど、もうあまり元の地形を、細かい部分は思い出せなくなっている。

それなのに、夢には出てくるのである。仔細な地形、細かな路地、土地の起伏、崖の高さ。
なんとも不思議なことだ。
夢で見て、思い出す、そして、ああ、そういえばここはああなっていた、などど懐かしむ。

人が一人通るのがやっとのような細い路地。その路地の、踏み固められて黒々と湿った土。
小さかった頃、母に手を引かれて外出した行き帰りには、よくその道を通るのだった。
そして春には、その路地の入口で、必ず母が上を向いて指さして、「ほら、見て!」と言うのだ。
木蓮の花だった。
しかし小さかった私に、木蓮の花は目線からとても遠いものだったから、あんまり関心が湧かなかった.

住んでいた家のすぐ前に、自動車整備工場があり、その後ろが大きな崖になっていた。
工場が低い方の土地にあり、そこから後ろの人家のある方は、崖のところで急に高くなっている地形だった。
崖の傾斜している部分は工場の敷地に含まれていて、ぐるりと崖に沿って、鉄条網が張られていた。
その崖の途中、つまりは工場の敷地内の鉄条網の中なのだが、そこに一本の椿の木があった。

私達は兄弟や近所の友達と一緒に、その椿の蜜を吸いたさに、なんと鉄条網の下の崖の土を掘って、子供一人が通れるくらいの窪みをこしらえてしまった。
そして代わる代わる出たり、入ったりして崖を這いつくばり、木によじ登り、甘い蜜を吸ってはご満悦だった。
多少の危険が伴うことが、いっそう椿の蜜の味を甘いものにしていたのだろう。

しかし、ほどなくして工場の人に見咎められ、私たちはこっぴどく、叱られた。

あの時代は、子供たちは町中の大人たちに怒られて、育っていた。
よそのおばさんだろうが、おじさんだろうが、お姉さんだろうが、おじいちゃんだろうが、容赦なく怒られた。
だから「大人」イコール「怖いもの」と思っていたし、だいいち子供というものが成長して、「大人」になるなんてことは、根っから信じていなかった。「白人」と「黄色人種」のように、元から違う物、と感覚的に思っていた節がある。

私達は路地や草地で知恵を絞って、どんどん新しい遊びを発案した。
たいして勉強はせずとも、石ころや花や草や砂を使って、想像力を駆使し、計画を立て、理解力や応用力を磨いていたのだ。

子供を育てていたのは、親だけではなかった。
身の周りにいる大人達、そして背丈より高い草地、大きな木陰を提供してくれる木、それからとりわけ懐かしいと思うのは、足の下にいつも感じていた、柔らかな土の感触だ。
そういった起伏に富んだ自然の地形そのものが、私達を育てていたのだろう。

だから、夢の中に深く棲みついていて、意識の上では忘れていても、時々現れては私の中の何かを癒してくれるような、そんな気がするのだ。





赤い椿白い椿と落ちにけり     河東碧梧桐


椿落ちてきのふの雨をこぼしけり    蕪村


ゆらぎ見ゆ百の椿が三百に      高浜虚子


玉椿八十八の母の息          桂信子


椿の夜あたまが邪魔でならぬかな       鳴戸奈菜


落椿詩の解説を繰り返す             鍵和田柚子


森深く神々います椿かな             加藤三七子


水に浮く椿のまはりはじめたる   藺草慶子



私の好きな椿の句を並べてみたが、特に最後の藺草慶子の「水に浮く~」は、実景であったとしても、実景以上の様々な心の動きを象徴しているように思えて、鮮烈な印象を残す。
同じ句集「櫻翳」の中に、「寒紅梅晩年に恋のこしおく」がある。
合わせて読むと、ぽとりと水面に落ちた椿が、自然の力によって否応なしに回り始める様子が、抑えきれない恋の始まりの心を表象しているように思えて、ならないのだ。




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いつもご訪問頂きありがとうございます。 「俳句とエッセイ時々音楽」のブログ名を、「A Cup of俳句」に改名させていただきます。宜しくお願いいたします。

プロフィール

ネコヤナギ

Author:ネコヤナギ
俳句は一行詩。コンパクトな宇宙です。それと日々出会う物・事を気ままに綴り、ジャンルにこだわらない音楽のことも少し。俳句は1994年から書き溜めていたものを2017年1月から遡ってまとめました。
50代後半、双子座・A型・主婦兼グラフィックデザイナー。在宅ワーカーです。
趣味は俳句・デザイン・音楽・手織り。最近ホロスコープの奈落に足を突っ込んでいます。

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