2月~3月 誕生(1995)

ちさき身をこわごわ抱けば春の雪



沈丁花産めど身二つになる不思議



赤子落とさじと身固くす産院の春



春寒や身の傷痛し子は重し



白き干す部屋のあちこち春時雨





19952a.jpg

ランキング始めました。
応援お願いします。

にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ
にほんブログ村



子のように親も眠りたし沈丁花



眠る子のこぶしはかろき春月に



やれおむつミルクに夜泣きで春一日



花冷えに産着たたみて家籠り



泣けど泣けど赤子まだ泣く春の闇



葉桜や子の髪繊く風に立つ





19952b.jpg




帝王切開の術後があまり思わしくなくて、ゆっくり子供に対面できたのは出産後数日を経過していた。
保育器の中で宇宙人のように眠っているわが子を一目見ると、前触れのない夕立のように、いきなり涙が出てきた。
普通は原因があって、そのあとに感情ってものが来る。そしてまた、感情ってものがあってから、涙、という順番だ。
完全に逆なのであった。
気が付いたら、雨が降っているように、あとからあとから涙が出ているのだった。

退院した後、実家にしばらくいたのだが、夜10時ごろになると、息子は大音響で泣き出し、おむつを替えようが、ミルクを飲ませようが、抱っこしようが、何をしようが、毎日一時間ばかりは断固として泣き止まないのであった。
大人たちはげっそりと途方に暮れた。

いわゆる「夜泣き」であるが、あれは何故ああなるんだろう。
どんなに空腹や身体的不快感を改善してあげても、平穏だった胎内から出てきて、未知の世界にぽんと投げ出されたわけだから、抱っこするくらいでは解消しようもない実存的な不安に脅かされて、毎晩泣くのかもしれない。
今でこそそんなことを考える余裕があるのだが。

一つの個体の中に芽生えたもう一つの個体の芽は、始めは自他の区別が混沌としているのだろう、それがいよいよ「個」として最初の一人立ちをするわけだから、そこには本能的な不安や葛藤が、もうすでに、あると思ってもおかしくない。

しかし考えてみれば、成長した後も、人生、こんなことの繰り返しなのかもしれない。
どんどん新しい自分を引っ張り出さなけりゃならないんだが、それってそんなにスムーズにいくわけがない。

「産声」だの、「夜泣き」だの、一人ひそかに、心の中でそんなことを繰り返していくのかもしれない。





ランキング始めました。
応援お願いします。

にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ
にほんブログ村
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

お知らせ

いつもご訪問頂きありがとうございます。 「俳句とエッセイ時々音楽」のブログ名を、「A Cup of俳句」に改名させていただきます。宜しくお願いいたします。

プロフィール

ネコヤナギ

Author:ネコヤナギ
俳句は一行詩。コンパクトな宇宙です。それと日々出会う物・事を気ままに綴り、ジャンルにこだわらない音楽のことも少し。俳句は1994年から書き溜めていたものを2017年1月から遡ってまとめました。
50代後半、双子座・A型・主婦兼グラフィックデザイナー。在宅ワーカーです。
趣味は俳句・デザイン・音楽・手織り。最近ホロスコープの奈落に足を突っ込んでいます。

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR