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8月 富士紀行(2007)

夏富士の大きく座る湖畔かな

富士を初めて見た時、高いというより、広い、と思った。もちろんすでに標高の高いところから見ているのだから当たり前かもしれないが、裾野のおおらかな広がりは、予想をはるかに超えていた。それで私は、富士山は高い山というより、広い山、という印象を強く持った。


バス停の日傘の向こう富士蒼く



夏草の生の極みの静かなり

どこへいっても、人より丈の高い草やら、人よりずっと長く生息しているであろう木々。
夏山の植物の、無限に湧いてくるような命の営みの極みは、また不気味なほど、静まり返っている。


富士の裾夕べの風のひらきをり

暑さも和らぐ夕方になると、一層富士が美しく思えた。涼しい風が、開く、広がる、閃く、拓ける、など、「ひ」のつく言葉を連想させた。


富士すぐに雲に消されて湖畔バス

富士というのは、近くにさえ行けばいつでも見えているものと、なんとなく思っていた。標高の高いところなので、雲がすぐに出て、姿が見えなくなってしまうらしい。




20078a.jpg



富士もまた闇に還りて虫の声

ロッジの食堂の窓の正面に、さっきまで富士は見えていたのだが、日暮れとともに、すっかり闇にまぎれて、忽然とその姿を消してしまった。山小屋の灯だけが、小さくオレンジ色にいくつか瞬いているばかりとなった。


夏山の闇無重力宿の窓

ロッジの部屋の窓から外を覗くと、驚いた。
本当に何も見えなかったのだ。正真正銘の闇。こういうものを、私は見たことがなかった。
無重力の空間で、足もとから体がぐるっと回ったような気がした。まるで宇宙空間だ。
昔々は夜ともなれば、こんなにも理屈抜きの真っ暗闇で人は生活していたのだろう。
太陽が神格化される感覚というのが、良くわかるような気がした。


窓開けて眠るロッジや山の肌

クーラーを使わずに、窓を開けて眠ることにした。
草木の匂いの、森閑と引き締まった空気が、生き物のように侵入してきた。
これが山の肌だなと、その時思った。



遠雷や残像の如富士あらわる

たいてい旅に出ると、眠れないのだ。そして明け方に、やっとうつらうつらし始める。
山の天気は変わりやすい。いきなり激しい雨が降り始め、雷が鳴りだした。
細く鋭い刃のような稲光に、一瞬、闇の中の富士が残像の如く現れる。





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いつもご訪問頂きありがとうございます。 「俳句とエッセイ時々音楽」のブログ名を、「A Cup of俳句」に改名させていただきます。宜しくお願いいたします。

プロフィール

ネコヤナギ

Author:ネコヤナギ
俳句は一行詩。コンパクトな宇宙です。それと日々出会う物・事を気ままに綴り、ジャンルにこだわらない音楽のことも少し。俳句は1994年から書き溜めていたものを2017年1月から遡ってまとめました。
60代突入・主婦時々グラフィックデザイナー。在宅ワーカーです。
趣味は俳句・ガーデニング・音楽・デザイン。

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