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冬青空

冬青空

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本日の1曲/Dominic Miller – Water (from the album Silent Light)


頂点といふ奈落あり冬青空



高所恐怖症である。
高所恐怖症というのは普通高いところから、下を見ると怖いのであるが、冬の真っ青な青空も、本気で見上げると、ちょっと怖い。

その無限を感じさせる高みは、また奈落の底へ落下するような不思議な方向の錯乱を催す。

雲一つないような冬青空は、高さや深さも存分に持っていて、それだのに面積も無限なので、まともに見つめると、自分の位置感覚がいかにも心許ない。

眼がくらむような青い無言。

有無を言わせぬ、潔癖な青である。

久しぶりに会った友人と、「じゃあね、またね」と言って別れる。
別れて、数歩歩き出す。
その時ふいに冬の青空を見上げる。

その青の、孤高に、ひと時肺まで染まる。

そして私はまた自分の足元を見る。
その時何か迷いのようなものが、あの青に吸い取られている。

私は思う。人には人の、自分には自分の、全く違う道があるのだ。

そして再び歩き始める。






冬青空見えない星を持っている



冬青空歯医者の椅子の刻一刻



冬青空人とは違う道を行く







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葉牡丹や午後は時間の吹き溜まり



結い上げし髪の重さや初鴉



木枯らしや語り手だけが舞っている



レントゲン骨響き合う寒の月



水仙香鼻孔の奥の社かな



亡き人の夢に語らず寒椿



夢に時々、私にとっては、母親代わりだった亡くなった祖母が出てくる。

大抵は、その場所はがらんとした何処かの家だ。子供の頃育った家や、結婚する直前まで住んでいた家や、また何処かの池のほとりの、知らない家だったりするのだが、いつも祖母は無言である。

そえういえばしばらく前に見た夢では、祖母は私が住んでいるということになっている、見知らぬ家の屋根に上って、壊れかけていた屋根を直していた。少し雨が降っていたようだ。瓦屋根の色は青かった。

今回の場所は、結婚する直前まで住んでいた実家で、私はそこに住んでいて、今そこから「引っ越す」ことになっているのだった。
しかし2階建てで部屋も6部屋あり、そこにある全ての荷物を、一日で何とか片付けなければならないのだ。

誰かが数人、手伝いに来ていたが、ガヤガヤしていたと思ったら、程なく煙のように消えてしまった。
それは兄弟や母親のようだった。

祖母は絶えず無言で、ずっと私を手伝ってくれた。
だが私は突然気が付いた。「いくらなんだって、こんな大量の荷物を、一日で片付けようって方が、無理なんじゃない?」
私は直ぐに、その作業が済むと思っていたようなのだ。

それでも祖母は無言で手伝った。
私はしばらくして、また言った。
「ここにいるのも、今日で最後なんだね。もっとよく、外の景色を見ておこう」
祖母は始終無言で、表情もあまりないのだが、やっぱり根気よく手伝ってくれているのだった。

夢はそこで終わり、わたしは何か胸がいっぱいで、目が覚めた。

一族で商売をしていた私の婚家では、様々な問題が起こり、関わっていた私も否応無く巻き込まれてゆき、職住一緒だった主人の身内とはいざこざになり、家庭の外部も内部も絶えず何かでもめていて、本当に長い間、心の安らげる場所は無かった。

そんな中で方向転換した私は、デザインを仕事にすることだけを、唯一の自分の拠り所として無我夢中で毎日を送り、春夏秋冬、表面的には、何とか維持してきた家庭。

しかし深層心理の深みで私が住んでいたのは、夢に出てくる、無人の実家だったのかもしれない。
行き場の無い心が、いつも住んでいたのは、子供の頃いた家や、見知らぬ場所の小さな家、独身時代の最後を送っていた家、だったのかもしれない。

そして、こうした人の無意識に近いところでは、亡くなった人もまた、生きているものと共に居られるものなのではないだろうか。
祖母はそれとなく、私を見守っていてくれたような気がするのだ。

屋根を直していた、雨風に当たらぬように。
家というのは、ひとの心の表象なのかもしれない。そんな風に、思い当たる。

そして今、現実の上では、色々なことが変わりつつあった。
新たな大問題は起きてはいるが、それ以外の事態はどうやら好転しているのかもしれなかった。
それで夢の中の自分も、いよいよここから立ち去ろうとしているのだろう。

だが、良い方へ変わっていくと信じたい、信じたいのだけれども、余りに今まで失望が度重なったので、信じること自体が怖くてどこか二の足を踏んでいる。

「いくらなんだって、こんな大量の荷物を、一日で片付けようって方が、無理なんじゃない?」
夢の中の自分の台詞は、後で考えれば、恐ろしいほど、言い得て妙だった。
長い間の失望は、すぐには片付けることはできないのだ。

外の景色を名残惜しむ自分。
長く自分の深層心理が住んでいた場所を立ち去ろうとして、それでも少し躊躇している自分。
そこで終わってしまう夢。
どこまでも自分を手伝ってくれていた祖母。


人の深層心理の中では、こんな風に亡くなったものが生きている物のそばにいて、それとなく、無言で、後押ししてくれている、

そんなこともあるのかもしれない、そう、思うのだ。







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コメント

No title

遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。
前回の「破魔弓」のコメントを考えているうちに、新しい句が出てしまいました。
「冬青空」の中では
頂点といふ奈落あり冬青空
の句が秀逸ですね。
わたしも冬の真っ青な空を見上げていると、ときどき吸い込まれそうな感じを抱くことがあります。それは、確かに落下する感覚にも似ていますね。
また、次の句とエッセイ楽しみにしています。

Re: No title

桃香さん、コメントありがとうございます

そして明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願います!

今日は関東も、かなりの冷え込みです。
まさに「寒」という感じですね。

冬の青空の、孤高なイメージが、優柔不断な自分を引き締めてくれるような気がします。
どんな季節の青空より、奥行きを持っていると思います。

今年の目標は、新しい事あるいは新しいやり方で、いつもの事をする、ということです。
それでなくてもこの歳になると、新しい事をやるのが億劫になるので、意識して、新鮮な風を入れたいです。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

Re: No title

明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

鍵コメさんも高所恐怖症ですか?
私は観覧車でさえダメですね。子供が小さい時乗りましたが、まだ2歳の子は状況が分からず退屈して暴れて…。
真っ青で、降りた時には地面ほどありがたいものはないと思いましたね。

ネコヤナギさんの文章は素晴らしいです

俳句もさることながら、ネコヤナギさんの文章は魅力たっぷりで、いつも引き込まれてしまいます。

土曜日に句会に行ってまいりましたが、何と私の句が,能村研三選で主席に選ばれており、ビックリしました。「沖」同人の方が、4人もおいでで、且つ残りの8人も句作歴数十年のベテランですので、まだ2年足らずの私の句が選ばれるとは思ってもみませんでした。

兼題は「冬の芽」でしたので、
「冬木の芽銀のうぶげと銀の衣」と自然公園のコブシの芽を観て詠んでみました。まぐれと云われないようネコヤナギさんの句を手本に勉強させて頂きます。

Re: ネコヤナギさんの文章は素晴らしいです

ナナイロインコさん、今晩わ。
コメントありがとうございます。

凄いじゃないですか!
主催の選で主席!やりましたね。おめでとうございます。

「冬木の芽銀のうぶげと銀の衣」
こぶしの芽を詠んだのですね。
「銀の」が二回続くことで、グッと接近していって、マクロレンズで撮影したような、自然の神秘を感じさせます。
素直に出てくる木の芽と素直な詠みが響き合っているのでしょう。

でも、インコさんの句は、間違いなくアップグレードしてますよ。
あの避難所のカンナの句あたりから、そう思っていました。

でも、お褒めに預かって嬉しいのですが、私の句で勉強なぞ、畏れ多いですから〜、どうぞ沖の先輩の方々の句で、勉強されてください。沖には、辻美奈子さんがいらっしゃいますね、彼女の句は、とても好きですね。

どうぞこれからも、インコさんらしい句を詠まれていってください。






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お知らせ

いつもご訪問頂きありがとうございます。 「俳句とエッセイ時々音楽」のブログ名を、「A Cup of俳句」に改名させていただきます。宜しくお願いいたします。

プロフィール

ネコヤナギ

Author:ネコヤナギ
俳句は一行詩。コンパクトな宇宙です。それと日々出会う物・事を気ままに綴り、ジャンルにこだわらない音楽のことも少し。俳句は1994年から書き溜めていたものを2017年1月から遡ってまとめました。
60代突入・主婦時々グラフィックデザイナー。在宅ワーカーです。
趣味は俳句・ガーデニング・音楽・デザイン。

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