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冬ア・ラ・モード


冬ア・ラ・モード

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本日の1曲/Pat Metheny and Toots Thielemans - Always And Forever 1992.wmv



点滴の如く夜過ぎ毛糸編む


編み物は好きだ。

というより、うかうかと始めてしまったら止められないのだ。

若い時分は、お酒を飲みだしたらこうだった。
今?今は殆ど飲まない。たまには飲むけれど、分量はいけない。もう体があんまり受け付けない。

今の私には、編み物の方がお酒よりも魅力的だ。

何故なのだろうとふと考えた。

情報社会と言われる現代、自分もちょっと細切れの時間ができれば、自動的にタブレットを手繰り寄せている。
しかし何をしているかと言えば、言ってみれば情報集めだ。

ありとあらゆる分野の情報。デザイン、俳句、買い物、ガーデニング、病院、求人、ニュースにレシピに法律。
それはもちろん便利に違いなく、玉石混合なのだから気を付けなければならないとしても、思いついたらすぐに調べがつくのだから、ありがたい時代と言えば確かにありがたいのだ。

しかし・・・それでなくても私の生活は、「・・・するつもり」の皮算用でいっぱいで、情報と空想と仮想の蜘蛛の巣のようなものが、頭の中のそこいらじゅうに張り巡らされている。
しかし実際に実現されている物事に比べて、計画されている物事や、実行を検討されている物事の方が、圧倒的に多すぎる!

ことほど左様に情報過多の時代をそのまんま生きている私にとって、そのアンバランスは、慢性的な「小さな不満感」を生み出していることは間違いない。

「あれもしたい」「これもしたい」「こういうものを作りたい」

しかし・・・実現されていることのいかばかりのものであろうか。

物事というのはやはりバランスが肝心なのだろう。

巨大な雲のような仮想空間に比べて、実現されていることが、猫の額のような分量だったとしたら、慢性的な欲求不満になっても、それは無理の無い事だ。


そこへいくと、編み物というものは、言わば小さな「意志」がひと目ひと目間髪を置かずに実行されて、即「現実」となって目の前に流れ出てくる。

そして、一本の「糸」=「線」だったものが、段数を重ねて「面」となり、その「面」を剥ぎ合わせれば「立体」となってくる。

つまり「こうしたい」と頭で考えたことが、即実行されて、間を置かずに眼前に現実として表れて来る、
その速やかな「意志の達成感」が延々と続いてゆくことによって、編んでいる人はいつの間にか心が落ち着いて来る、

私には、そんな風に思えてならない。

考えてばかりの現代人。情報を照らし合わせて、吟味し、何がベストなのかひっきりなしに考察し、計画し、ああでもない、こうでもないと言っているうちに一週間は飛ぶように過ぎる。

そんな生活の只中で、ふと編み物を始めると、

質の違った時間が流れ始めるのだ。

「即成仏してゆく小さな意志の連続」

それが前のめりになりがちな私の心を落ち着かせてくれる。


そして、夜の時間の一粒一粒が、本当はゆっくりと緻密に過ぎていくことに、今更のように気付かせてくれるのだ。





血縁の死後も脈々冬林檎



荒星や地磁気ゆっくり歪みゆく



冬薔薇疑い深くなっている



歩道橋渡り切るまでは冬日









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冬木立まだ ・ どこかにこころざし



石像の影踏みしめて冬青空



寒風や仮面がみんな裏返る



マフラーと社交辞令に巻かれゆく



寒鴉記憶の中にある空白








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コメント

こんにちは。

点滴の如く夜過ぎ毛糸編む

ちくちくちくと編む毛糸。
点滴を一滴一滴流し込むような作業に似ていると・・・
どうやら、あまり楽しくない編み物に思えます^^;

二年前の丁度今頃、私はひと月ばかり入院してました。
その間、毎日4回点滴を受けていたものです。
点滴の針は二日に一回変えるのが医療の基本だそうですが、
殆どの病院では4日に一度。
針を頻繁に取り替えられるのは、患者にとって非常に苦痛なのです。
ただでさえ、針が外れてたり入れ針を入れたところが腫れてりして、何度も入れなおすことがあります。
なので退院するまでのひと月、左右の腕が穴だらけになるわけです(><)

そのへんのことは、
下のような紙芝居俳句で詠みましたが・・・

http://nantei1943.blog129.fc2.com/blog-entry-1655.html

なので「点滴」には、異様に反応してしまうのです(笑

ネコヤナギさんも、年末は更にお忙しいことと思います。
点滴のお世話にならないよう、
特に風邪には要注意ですよ☆/

No title

ネコヤナギさん、こんにちは。
わたしのできる編み物はマフラーぐらいですが、熱中すると違った時間が流れるというのは、よく分かります。
「冬木立まだ・どこかにこころざし」
立ち枯れたような冬木立ですが、来たるべき季節を待って耐えている様子が思い浮かびます。中点が効いていますね。
「歩道橋渡り切るまでは冬日」
これは冬の短日を詠んだものでしょうか。好きな句です。

Re: こんにちは。

こんばんわ。
コメントありがとうございます。

一日4回の点滴というのはつらいですね!
私も不整脈の発作で年に数回は救急へ行かざるを得ないのですが、点滴は先生より看護婦さんの方が上手いみたいですね。
特に下手なのは、若い男の先生、インターンみたいな。
漏れて痣になったり。

「ようやく去りぬ点滴の痣の蝶」などという句を詠んだ時もありますね。
腕に残った点滴の痣がどうみても蝶々だったんです。

編み物は大好きで、始めたら止まらないです。
あれは「作業」なんていう次元のものではないですね。

編み物をしていると、いつもはザーッと流れて行ってしまうような夜の時間が、点滴のように、ゆっくり、ゆっくり流れてゆくんです。

手芸というより、なんだろうなあ、セルフカウンセリングって感じなんです。癒されるんですね。

Re: No title

桃香さん、こんばんわ。

私は葉を落とした樹々が大好きで、夏のこんもりと茂った緑と同じくらいの魅力があると思っています。
夏の姿は色彩を愛で、冬の姿はフォルムを愛でる、そう思っています。

冬木の裸の枝を見上げる時、その凛としたストイックな雰囲気に身が引き締まります。

この年になって、若い頃のようには、目的に向かってがむしゃらに進むような気持ちは無くなりましたが、
それでもやはり、冬木立を見上げると、どこかで何かに言われているような。

志を立てるのに、遅いということはない、そんな風に言われているような。いないような。(笑)
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お知らせ

いつもご訪問頂きありがとうございます。 「俳句とエッセイ時々音楽」のブログ名を、「A Cup of俳句」に改名させていただきます。宜しくお願いいたします。

プロフィール

ネコヤナギ

Author:ネコヤナギ
俳句は一行詩。コンパクトな宇宙です。それと日々出会う物・事を気ままに綴り、ジャンルにこだわらない音楽のことも少し。俳句は1994年から書き溜めていたものを2017年1月から遡ってまとめました。
60代突入・主婦時々グラフィックデザイナー。在宅ワーカーです。
趣味は俳句・ガーデニング・音楽・デザイン。

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