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朝顔

朝顔

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本日の1曲/Stacey Kent - One Note Samba


朝顔は空と一枚つづきなり



すんなりと話まとまる朝顔や



何処からか名を呼ばれてる朝顔咲く



朝顔や塩分糖分控えめに

少し体調を崩してしまった。
猛暑から一転、台風の間は寒いような気温だったから、その差もいけなかったに違いないが、一番まずかったのは、私が私というものの、一部分のみを「これが私」と傲慢に思い込んでいたことだ。

ページものの仕事が、忙しかった。
といっても、本業の方ではなく、家業の方の印刷物なのではあるが。30ページほどあったので、中々に大変だった。
仕事は嫌いではないから、決して手が抜けない、というか、根を詰めてしまうのだろう。
こういった種類の仕事は、時間だからやめよう、というわけにはいかない。
あるひと塊のなかで、自分の中でのOKが出ないことには、、次の段階に行けないから、うまくいかない時は、時間を大量に消費する。
すると当然、やるべき日用の家事は、後へ、後へと押されてゆき、深夜から明け方へかけて、洗い物をしたり、入浴したり、息子の朝食を用意したり、忘れていた空き缶やペットボトルを捨てに行ったり、
そういうことをしている時に、既に疲れはピークを越して、浴槽では何度も眠ってしまい、家事の合間にダイニングのベンチで、ちょっと休憩、と思うともう意識がなくなっているような状態を、だましだまし続けていたのだ。

いつもの頻脈発作が起きたのだが、今回脈の速さだけでなく、かなり胸苦しかった。
救急へ行ったが、脈は170で血圧がなんと190だったのだ。
先生もこれはまずいと思ったのだろう、一時的に心臓を止めると言う薬の分量を、いつもよりかなり多量に使ったらしい。

おかげで発作は直ぐに収まったが、薬の副作用の気分の悪さが中々おさまらず、ろれつも回らぬような有様で、肝臓に大分負担がかかったのだろうか、疲労感は2日くらいの間、取れなかった。

この発作が起きる時は、決まっている。
解決の見通しの立たないことを、悩んでいる時か、オーバーワークを自分に強いている時で、尚且つ気温の変わり目の時だ。

オーバーワークでなった時、いつもいつも、反省する。
もう無理はやめよう、そう、いつでも思うのに。

ワンシーズン経つ頃には、伸びたゴム紐が戻ってしまうように、また同じことをしているのだ。

しかし考えてもみれば、還暦を越したのだ。
10年前と、自分の意識は何にも変わりはしないから、自分の身体も同じように使おうとするのだけれど、身体の方にしてみれば、こんなに自然に反したことはないのだろう。

意識というのは、独りよがりだ。
馬車の御者のようなものだが、馬のことをもっと思いやらなければ、馬車もろとも駄目になってしまう。

もしかしたら、体と意識の間を、スライダ式に行ったり来たりしているのが、心なのかもしれない。
意識の上でこうありたい、こうできる、と思っていることに、心は寄り添っている時もある。
しかしそれがあまりに無茶なランクだと、こころの針は、はいきなり身体のほうへ、大きく激しく触れてしまう。

自分の事は、自分が良く知ってるから、大丈夫なんて思っているのに、いつもいつも裏切られるのは、こうしたわけなのかもしれない。

実は普段の血圧もちょっと高くはなっていた。それで発作時によけい高くなった可能性も。
悪玉コレステロールも数値が高い。運動不足も最たるものだ。食事については、野菜は手を抜かずに毎日ばっちり作っているのだが、塩分糖分などについては、味優先になっていた。

家事と言うのは、監督するものは自分のみだから、いかようにも、とにかく「癖」の付きやすいものだと思う。

それではまず、減塩だ。

二日ばかり減塩のメニューにしたが、なんだかさっぱりぱっとしない。
のっぺらぼうのお客さんが来たようだ。

それで考えたのは、昔少し凝っていたことのある、「ハーブ」を、また見直してみようと思い立った。
今ベランダで育てているのはローズマリーのみだが、バジル、タイム、セージぐらいはふんだんに使えるように、育ててみよう。
昔、醤油に生のタイムを漬けたものを作ったことがあるのだが、白身の魚にほんの少しちらりとかけただけで、へーって言うくらい、美味しかった。
香りの力で、減塩の物足りなさを補おう。

それから家事の省力化を、まじめにやろう。
我ながらやってみてよかったのは、「洗濯物は畳まない」というやり方。
夏になると倍になる、うちの洗濯物。
干すのも大変だが、とにかく畳むのが、堪忍袋の緒が切れる。

そこで、若い人のブログなどで見るには見ていたが、実行することを躊躇していたやり方を導入。

まず、藤の籠や、300円均一などで売っている、キャンバス地のバスケットのようなものを、5,6個用意する。
夏の間、ここに取り入れた衣類を、畳まずに種類別に放り込むだけ。家族のものは、別々に名前を付けて用意。
ほおり込んだ衣類を、ここから引っ張り出して、使う。

無論大物のボトムスやブラウスなどは無理。これは畳んで箪笥に収納。
しかしどれを着ても大して変わらぬホームウェアや下着などは、これで十分生活できることが判明した。
さすがに自分の物は、種類別に3つくらいの籠に分けるが、家族の男物は、数も少ないしひと籠にまとめて、
「後は、どーしようと、自分で考えてー!」とすることにした。

これはちょっとした革命だった。
洗濯物を取り入れて、片付けるのが、なんと「快感」になったのだ。
きっと、今までの恨みのせいなのだろう、衣類を無造作に、思い切り「ポイ、ポイ」籠に放り込む時、
えもいわれぬ解放感が私の頬を緩ませる。 「ふふっ」。

一体、今までしていたことは、なんだったのだろうか?
女の人生は箪笥に縛られていたのか。

というわけで、好きなのでどんどんエスカレートしていた、ブログの俳句も10句以内にしよう、と決めました。
エッセイもなるたけ短くするはず‥‥だったんだけどー???

何はともあれ、ここらで色んな生活スタイルを見直せ、ということかなと。
まずは、眠くなったら、素直に寝よう!と固く心に誓ったのだった。








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カンナ咲きまた暫くは日向かな



ご飯酢にしているうちに雷雨かな



月見草宇宙もすこし薄まりぬ



正確に謎めいているダリアかな



日傘してどこか翼をもつように



蝉の声一分で見る長い夢



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コメント

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No title

「月見草宇宙もすこし薄まりぬ」
夕方になって月見草が咲き、昼間の猛暑もやわらいできているようです。それが、すこし薄まりぬという表現から感じられます。
トランプ氏が「宇宙軍」なんていうことを言っていますが、宇宙も熱くなりそうですね。

「日傘してどこか翼をもつように」
傘をさすとどこかに飛んでいけるような感じがしますよね。雨傘より日傘の方がそんな感じが強いかな。メリーポピンズを思い出しました。

朝顔の句は1句目が好きです。

どうかしっかり休養を取られて残暑を乗り切ってください。

Re: No title

桃香さん、こんばんわ。

コメントありがとうございます。

いつも桃香さんにいただく寸評を見ると、こちらの思ったように受け取って
いただけているので、安心しますね。

メアリ・ポピンズ、小学生の頃、ホントに好きでしたね。よく読みました。
主人公はいわば女中さんの立場ですが、プライドが高く、気難しく、怒りっぽいところが、
イギリスのお話らしく、面白かったですね。

とくに記憶に間違いが無ければ、「笑いガス」だったかな、お茶を飲んでいる部屋で、
皆が笑っていると、テーブルや椅子ごと、天井につっかえるほど、上に上がっていっちゃうシーンが
凄く好きで、何度も読み返しました。

「笑いガス」ではないけれど、なにかああいうちょっと非日常的な、イメージのガス、みたいなものの浮力で、
俳句やエッセイを書いているような気がしますね。(笑)

うん、確かにそういう感じです。

ありがとうございます、桃香さんも、暑い中、あれだけの写真を撮られているのは、
なかなか大変だと思います。お互い、健康には気を付けましょう。

Re: No title

鍵コメさんへ。

ハハハ…そーなんですよ。
エッセイも短くしよう、と心に決めて、それなのに

書き始めたら、あとはこの子は独り歩きしちゃうんで!
いや、きっと次からは…。

でも、ありがとうございます。

ブログを始めた頃から、一番古い常連さんです。また宜しくお願いします。

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Re: No title

わかりました。v-354

Re: Re: No title

鍵コメさん、Mさんへ。

鍵コメさんと私には、これといって共通点が無かったりするのですが(笑)
鍵コメさんのガッツの影響を少しでも受けたいなと思います。

何故なら私には、あんまり「ガッツ」という要素が、無いからです。
いや、仕事をしているときは、そのものなんだと思いますが、
無自覚なんですね。「ガッツ」というものに。
育ててないと言うか。

病後、右効きだったのに、左手でキーボードを打ち、リハビリを頑張りながら、
リハビリの一環、と言ってブログを書いている鍵コメさん、
前に、前に行こうとしてる鍵コメさんに、何かを学んでいると思います。

俳句は水のように流れて行ってしまう日々の中で、心に残ったワンシーン、ワンイメージを
鮮やかに残してくれますね。

忙しさに慣れてしまうと、人間はたいして周りのものを見なくなります。
そんな中、季語が、意識を様々なものに向き直してくれると言うか・・・。

奥の深いものですね。



No title

ネコヤナギさん、季語が様々なものに向き直してくれる・・・日々の生活に潤いを与えてくれるような感じですね。奥が深いですね。

Re: No title

Mさんこんばんわ。
コメントありがとうございます。

季語というのは不思議なものですね。
「最初の一歩」というか、イメージの根幹となるもので、これが磁石のように、色々な心や、体験や、生活の中のワンシーン、記憶の中のワンシーンなどを吸い寄せていきます。

また、自然の中の物や現象などに、多忙に曇ってしまいがちな目を、向けさせてくれる効果もありますよね。

今でも思い出すのは、子供が生まれて、大忙しで俳句にもすっかり縁遠くなっていた頃、俳句の季語の、「春の空」というのを何かで見て、「はるのそらー?そんなもん、存在しない!」と思ったのです。

その前に、俳句に大分片足を突っ込んでいたにもかかわらず、そんな風に思ったものです。

「春の空」がいくらふんだんにあったとしても、私の心に「春の空」が存在していなければ、無いに等しいんですね。

そのへんを、俳句の季語が、掻きまわして、ほら、「春の空をちょっと見てみたら?」というようなことを、してくれるような気がしますね。

No title

ネコヤナギさん、コメント遅くなり申し訳ありません。素敵な俳句がいっぱいですね。

私も一時、俳句が全然詠めなくなったことがあります。心に余裕がなくなると、俳句の思考が止まってしまうのですね。

なので、気持ちはわかるような気がします。

病になっても、どこも出かけられない状況になっても、心が旅をしていたら詠むことは出来ると師からお話を聞いたことがあります。

ずーと続けていくことは、意外と難しい。それでも、詠む楽しさを知ると、やめれなくなるのですね。



Re: No title

Mさん、こんばんわ。コメントありがとうございます。

おっしゃる通り、多忙な生活だと、その時々に必要なものしか目や心に入らなくなります。
俳句を作ろうとしても、すぐにはそのモードに入れなくて、今でも結構苦労しています。

今夜も、やっと仕事が一段落し、夕飯の後、寝るまでに自由な時間ができたのは、久しぶりです。

ブログを更新し、アップしなくてはいけない日なのですが、ちょっと一休みしたいのです。(笑)
半分はできていますが、残りを無理してワーッと作ってアップしても、いいものにならないでしょうし。
久しぶりに、しばしの間、何も「しなくてはならない事」が無い、素晴らしいまったり時間を過ごしました。

良い師をお持ちのようですね。
確かにその通りですね。

心が旅ををするから、私達の生活も、限られたものでなくなり、豊かになるのだと思います。

Mさんへ、追伸です。

今回コメントに気づくのが遅くなり、ごめんなさい。

前の方の頁だと、うっかり見逃しやすいので、
どうぞ今度コメントいただくときは、新しい方の頁だと、
気が付きやすいので、ご遠慮なく。
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お知らせ

いつもご訪問頂きありがとうございます。 「俳句とエッセイ時々音楽」のブログ名を、「A Cup of俳句」に改名させていただきます。宜しくお願いいたします。

プロフィール

ネコヤナギ

Author:ネコヤナギ
俳句は一行詩。コンパクトな宇宙です。それと日々出会う物・事を気ままに綴り、ジャンルにこだわらない音楽のことも少し。俳句は1994年から書き溜めていたものを2017年1月から遡ってまとめました。
60代突入・主婦時々グラフィックデザイナー。在宅ワーカーです。
趣味は俳句・ガーデニング・音楽・デザイン。

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