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白粉花

白粉花

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本日の1曲/Simone Kopmajer - "Don't Let Me Be Lonely Tonight"



夕月の置き忘らるる白粉花



白粉花や路地を俯瞰している雲



白粉花や床屋の看板色褪せて



白粉花や空のどこかに甘い水



白粉花の紅浮きて裏切られ


幼なじみと言えども色々で、トラブルメーカーのような女の子が一人いた。
A子ちゃんは、すぐ近所に住んでいる三人兄弟の末っ子で、女の子だけれども運動神経抜群で、気が強く、気に入らないことがあれば、すぐに怒り出し、つつがなく遂行されていたままごとなどはは、一瞬にして木っ端微塵になってしまうのだった。

どんな子との組み合わせで遊んでいても、彼女が来るとそうなるまでは時間の問題だった。
「入れてー」といってずかずかと強引に入って来るので、入れないわけにはゆかぬ。

最初こそ、その日のままごとのルールに何とか従っているものの、15分も経過すれば雲行きが怪しくなり、堂々とルールを破り、ずるい事をするのに異議申し立てをした途端、わーっと怒りだして、ままごとの道具やら花の種やらをぐちゃぐちゃにすると、
ぱっと立ち上がって、駿馬のように、鮮やかに逃げてしまうのだ。

「A子ちゃんって…ひどい。」
年下の子はいつも泣かされた。

どこにでもいる、こういう女の子。活発で、素早くて、ずるくて、逃げ足が速くて。

子供の社会だって結構過酷だ。
裏切りなどは日常茶飯事。

彼女ほどではなくとも、子供というのは大人が考えているほど純真なんかではない。
なんたって、大人の雛形で、大人のように調教されていないのだから。

かけ引きもあれば、裏切りもあれば、だまし合いもあれば、策略もある…なんでもありなのだ。

あれは今から10年くらい前、とあるカフェで彼女らしき人に偶然行き合わせた。
私から3メートルくらい先の席に、彼女はひとりで腰かけて、ランチを取っていた。
私からは良く見える席だが、彼女の方からは、やや振り向かないとこちらは見えないし、私には全然気が付かないようだった。

あれから一体何年たったのだろう。

あれからほどなく、私たちは引っ越してしまったから、
優に40年は経っている!

その辺の路地に溢れるように咲いていた白粉花の種をあつめて、ままごとのお茶碗に入れて、そうして遊んでいた、あの少女の頃から。

それなのに、私には彼女だということが、すぐにわかるのが不思議だった。
幼馴なじみとは、こうしたものなのだろうか。

彼女は、とても美しくなっていた。
考えてみると、子供の頃の彼女は、美少女とかいうタイプではなかったが、目鼻立ちは、整っていたのかもしれない。
すっきりした顔立ちだったが、何せ悪い事ばかりしているので、イメージの悪さが顔立ちの良さを完全に消していた。切れ長の目は意地悪そうな吊り目に見えて、すっきりしていた輪郭は、ずるがしこい狐のようにやせ細って見えた。

だが、私がびっくりしたのは、彼女が美しくなっていたことではなく、彼女の雰囲気が、全く別人のようになってしまっていたことなのだ。

なんていうか、繊細で、内気そうな、儚げな。

幼い頃の、生き生きと負けん気だったA子ちゃんの雰囲気は微塵も無く、そこにいたのは女らしく、気遅れがちな、そう、最も彼女のイメージからかけ離れていた、「臆病そう」な空気をしょっていたのだ!

ひとりでランチを取っているその時の、ちょっと不安げな感じ、周りを何とつかず見ている気後れがちな眼差し、パンやコーヒーカップを持つ時の、繊細な手の動き。

そこには、指の先から足の先まで俊敏な負けん気に溢れていた、あのA子ちゃんの魂のようなものは、全く感じられなかった。

どんな人生が彼女にあったのか、それはわからない。
あるいは、単に成長したと言うだけの事なのかもしれない。
単に成長するということだって、それは大変なことなのだ。

成長するということは、哀しみの川をいくつも渡るということだ。

自分が哀しんだ事の無い人間が、人の哀しみを想像できるわけもない。


けれども、私はどことなく拍子抜けしていて、どことなく寂しかった。

あんなに嫌いだったA子ちゃん。
仲良くできるのは、15分を切ったことがなかった、A子ちゃん。
皆の遊んでいたままごとの茣蓙を引っ張って、ひっくり返してあっという間に逃げてしまったA子ちゃん。

つむじ風のようにスピーディーで、中性的だったA子ちゃん。


2足す2は3だよ、と言われたような、納得できない感じを心のどこかに持ったまま、

私はそっとA子ちゃんを残して、そのカフェを出た。










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サルビアや駅への流れに混じり行く



サルビアに僅かな夕焼け憔悴す



堰き止めているあれこれを梅雨の月



魂即生身となりぬ炎天や



炎天の人の背中に飽きてをり



枇杷の種昔話を蓄える



枇杷の実や子供幾たび寝返りす



退屈というは懐かしアイスコーヒー



掌はやわらかきもの合歓の花



一瞬の睡りの深さ合歓の花






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コメント

No title

人生にはいろいろなことが隠されていて、人間はそれを踏みしめて生きていくのです。人間は変わるのです。

Re: No title

nayukiさんおひさしぶりです。

コメントありがとう。

全くその通り。「隠されて」いるんですよ。まさかと思う所に、まさかと思うものが埋まっています。

人間は変わります。良く変わる人もいるし、悪く変わってしまう人もいるし。変わらなかったら、お化けですね。

だからこそ幼い頃の、ある一枚の思い出の絵を、懐かしむのです。

こんにちは。

小学校の同窓生も幾星霜の間に、
がらりと顔姿や性格まで変ってしまう子がいます。
境遇がそうさせる。
違いないですが、人の運というのは計り知れないですね。
運命論者ではありませんが、
墜落する旅客機に乗ってしまった人と、
その便に間に合わなくて命拾いした人との、
運命の差はあまりにも多きすぎます。
かと思うとたまたま崩れ落ちそうな塀の傍を歩いていて下敷きになった女の子。
数え上げればきりがないほど、瞬時の差が明暗を分けけてしまうこと、最新科学でも説明がつかないことです。
私も二度、咄嗟の命拾いをしたことがあります。
以降、神というよりもっと不思議な力を信じるようになりました。
かといって、強い信仰心が芽生えたわけでもありません。
残りの人生、自分の欲するものに正直であれ。
そういう思いが強くなったようです。

ところで今日の御句のうち、

白粉花や空のどこかに甘い水

感覚的に惹かれております。
六月の雲間から覗く空は、ぬるりとして、
どこか蜜が混じったように見えることがあります。





Re: こんにちは。

こんにちわ。

もう、同窓会などにいっても、パッと見ただけでは誰だかわからない齢になりました。

去年の同窓会で、「誰だかわかる?」と言われて、「わからない」と言うと悪いと思って、
「うん、うん」などと言いつつ1時間経過。

突然誰だか思い出し、やせぎすでスポーティーだった女性が、ふっくらおっとりタイプに
変貌していたので驚愕し、立ち上がって「○○ー!!」とあだ名を絶叫し、
「わかってたんじゃなかったのか」と皆に爆笑されました。


それにしても、本当に、色々な事故で、ただの偶然で運命が分かれてしまいます。

結局は私達は偶然の大海の中で、必死で自分の船と櫂を作って、何とか進んでいるのでしょう。

不思議な力、それは何なのでしょうね。


白粉花は少女めいているようで、通り過ぎると追いかけてくる香りはなかなか妖艶です。

ついつい子供の頃にイメージは繋がりますが、それを俳句にするといかにも月並みなので、
エッセイのほうで書いてみました。


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お知らせ

いつもご訪問頂きありがとうございます。 「俳句とエッセイ時々音楽」のブログ名を、「A Cup of俳句」に改名させていただきます。宜しくお願いいたします。

プロフィール

ネコヤナギ

Author:ネコヤナギ
俳句は一行詩。コンパクトな宇宙です。それと日々出会う物・事を気ままに綴り、ジャンルにこだわらない音楽のことも少し。俳句は1994年から書き溜めていたものを2017年1月から遡ってまとめました。
60代突入・主婦時々グラフィックデザイナー。在宅ワーカーです。
趣味は俳句・ガーデニング・音楽・デザイン。

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