緑蔭2

緑蔭

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本日の1曲/Ennio Morricone - The Mission - Yo -Yo Ma



緑蔭やすべてひとつに物の影



緑蔭に記憶のテニスボールかな



緑蔭に紛れず白いシャツ来たる



太陽の残像逃げる緑蔭に


「緑蔭」という言葉からふっと連想するのは「オーケストラ」とか「交響楽」とかいう言葉だ。
自分はクラッシックも聞くけれど、「交響曲第何番」とかいうのは、ほとんど聞かない。
バイオリン、チェロ、ピアノ、たまにフルートとか、器楽曲で、「ソロ」のものが一番しっくり来る。

「交響曲第何番」という手合いは、今の私にはエネルギーの密度が高すぎて、あるいは曲の体積が大きすぎて、台風のように「バーン!」と来られたりされたら、「それでは失礼します」と言って、くるっと後ろを向いて、家に帰ってしまうだろう。

あの大河のようなエネルギーの塊に、入ってしまえばさぞかし気持ちがいいのだろう。
でも私は、遠慮しておきます。
多分ああいう曲を聴くには、圧倒的に基礎体力が足りないのだと思う。

話は逸れたが、緑蔭のオーケストラは、主に「交響曲第何番」の第二楽章のような、ゆったりとした曲を演奏しているのではないだろうか。
沢山の木や草花が絡み合って風を抱いている「緑蔭」は、やはり沢山の数の楽器が重層を成しているオーケストラを思わせる。

時々パッと木漏れ日が射して、囀りが飛び交ったりするのは、管楽器の音。
緩やかな風を順々に抱いている樹々の枝は、大小様々な弦楽器。

それにしても、この頃すっかりCDを聴かなくなった。

何で音楽を聴いているかというと、PCで、主にYouTubeで聴いているのだ。iTunesから聞いている時もある。
数年前に、音楽関係の仕事をしている知り合いが、白い鳥の卵のような(色は他にもブラックがあったようだが)スピーカーを私に勧めた。あの頃、阿川泰子が宣伝に出ていた。
Olasonicというメーカーのもの。

このスピーカーをPCに繫いだら、なかなかの「音」なのである!

とはいえ、本当のオーディオ・マニアが聞くようなものとはちょっとスケールが違うものだと思う。
低音がビンビン来なくてはだめ、というようなジャンルのスピーカーではない。

でも直径10センチくらい、高さ15センチくらいのコンパクトな、場所を取らないスピーカーにしては、なかなかの音である!お値段も、1万円そこそこだったから、コスパ優秀。

形ははっきり言って気に食わない。
別に、白鳥の卵とかじゃなくて、フツーの立方体でいいんだけどなー。
これがモニターやデスクトップの、とっかかりのな直方体の只中に、ででん、と左右に立っていると、収まり悪い事極まりない。

でも、まあ、この音ならそこは目を瞑る。このスピーカーをPCにつけたらば、こっちの方が良くなってしまって。

音楽が自分だけの趣味ならば、主婦の分際で大きな本格的なオーディオセットなど買うわけにわゆかぬ。
だからといって、安かろうなミニ・コンポのどんより曇った音だったら、こっちの方が全然イイ、という選択だ。

そして、きつくなってきた老眼でCDを物色して、やっと引っ張り出し、ジャケットから出して、プレーヤーに入れて、聞き終わったらまた出して、ジャケットに入れてしまって、という一連の行動が、忙しい毎日の中で、「やってられんわい!」てなことになって来る。

こうして主婦は音楽から遠ざかる!
という感じ、だったのである!数年前までは。

それがこの白鳥の卵のような不思議な形のスピーカをPCに繫いでからというものの、縦横無尽にジャンルを超えて音楽を好きなよーに楽しむことが、億劫でなくなった。

仕事をしながら、ブログを書きながら、通販で買い物をしながら、気軽に音楽を楽しめるようになった。

息子などは、これまた音のいい、無線のイヤホンを持ち歩いて家で聴いているが、私はどうも家では特に、イヤホンという物がうっとうしくて、駄目である。やや大きい音が好きなので、昔使っていて少し聴力も落ちた感じがして、やめた。
音楽は、空気のように、そこいらへんに、「漂っていて」ほしいのだ。

ただ、そのアーチストのメジャーな一部分の曲しか見つからない場合も多いし、あくまでも曲単位で、それが入っているCDの全体像などはわからない。(時にはCD丸ごとアップされているものもあるが)

そういう時は、iTunesの音楽サービスだ。ここでじっくりと曲の入っているCDを調べて、聞きこむ。
つまり、音楽を探すのはYouTube、調べたり、聞きこんだりするのはiTunes。

こういう感じが自分にはピッタリくる。

だから私は非常に長い音楽ブランクがあったのだ。
生活に追われていると、CDというメディアだけで、新しい音楽、或いは自分の知らない古い音楽も含めて、ミュージックライフをどんどん更新して行くのは、どうにも無理がある。
同じものばかり繰り返して聴いていると、自分自身もなんだかいかにもマンネリ化してくるようで、重い。
良い音のスピーカーをPCに繫ぐだけで、色んな楽しみ方ができるようになった。

こうしてまた私は、めでたく音楽のある暮らしに復活したのである。



音楽は道行く人の、緑蔭のようなものだと思う。

そこへ一歩踏み込めば、ふっと体中が弛緩するような、自分の色んな思いをその中へ、逃がせるような。





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梔子香濃密な時間の停止



梔子や呼吸が深くなる夕べ



明け易し洗われている言葉たち



明け易し透明な蝶となる瞼



明け易し留まるもののひとつ無く



物語の魔法が溶ける明け易し



サクランボ大き男の手で掴み


「若き日を食らふが如しさくらんぼ」林翔

全くだと思う。
あの、皮のちょっと突っ張った感じ、それを歯で破った時の、最初の酸っぱさと、後からじわっと混ざって来る甘さ。
青春を一瞬で追体験するような、味覚。

ぼんやりと曇った頭が、隅々まで覚醒するような、美味しさである。



硝子器に水滴付いてサクランボ



紫陽花や答えの出ないままにゐる



青という色の重さや紫陽花咲く



前行く人次第に遠く五月闇












すみませーん!

またやってしまいました、書きかけブログの手違いアップ!
へんてこりんな書きかけの「緑蔭」をご覧になってしまった方々、どうぞ黒板消しでその記憶を掻き消してください。

また、書きかけブログに嬉しいコメントを早々と下さった、桃香さん、あなたがコメントくださらなかったら、まだ気が付いてなかったかもしれません。ありがとうございました。

それでは、こういうことが又あるやもしれませんが、どうぞ一笑に付されて、懲りずにお付き合いくださいませ。






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コメント

No title

俳句初心者です。ネコヤナギさんの俳句で勉強させていただいています。
緑陰の句では「緑陰に紛れず白いシャツ来たる」がすきですね。
リンクを貼らせていただきました。よろしくお願いします。

Re: No title

コメントありがとうございます。

私の句で勉強なぞ、まだまだそんな境地には達してないかと存じますので、
どうぞ「味わう」程度でお願いします。(笑)
お口に合うとよいのですが。

今回、桃香さんにコメントを頂いたおかげで、他の端末からお知らせを受けて、
手違いで書きかけのブログをアップしていたことに気が付き、いったん記事を
削除いたしました。

ですがその際、止むを得ず桃香さんのコメントも消えてしまいますので、
例外的に、原文のまま、桃香さんのコメントの文章をコピーして、
自分で新たに作成したコメント欄にペーストさせていただきました。

名前は桃香さんとさせていただきましたが、
リンクを貼っていただいたこともありますので、
お手数ですがそちら様のブログのアドレスなど、も一度頂けると、大変嬉しいのですが。

失礼しました

多分途中の記事だろうとは思ったのですが、推敲中かなと思いコメントを入れてしまいました。
かえってお手間を取らせてしまったようですね。
申し訳ありません。
「洗われている言葉たち」というのは、まさしくネコヤナギさんの俳句そのもののような気がします。

Re: 失礼しました

とんでもない。桃香さんのおかげで、恥ずかしい変てこブログの公開時間が短くて済みました。
ありがとうございます~v-344

桃香さんのブログ拝見させていただきました。
俳句としてとてもうまくまとまっている句が多く、初心者という感じではありません。


あぢさゐや音なき雨の降り止まず

青鷺の彫像のごと立ちにけり

十薬の微かに匂ふ排水路

夏めくや三人前のロース肉

水際に足浸けてみる薄暑かな


何気なくスッと切りとられている世界が、奥行や味わいを持っています。

躑躅の水滴の写真も素敵でした。

こちらでもリンクを貼らせていただきます。





こんばんは。

ヨーヨーマ、聴かせてもらいました。
さすがは現代のカザルス!
泣かせます。

ヨーヨーマは「リベルタンゴ」がいちばん!
ウィスキーが進みます(笑

私は一時シンフォニーばかりでした。
真夜中、家族が寝静まったころ、
ヘッドフォンで聴きまくっていたものです。
最も気に入りのブラームス4番は、
指揮者を替えて20枚のLPを集めたほどの、
偏執じみたリスナーでもありました^^;

それが今では、交響曲どころか管弦楽の小品すら聴かなくなりました。
同時に映画も、長編小説も・・・

それほど体力・気力が衰えてきたのでしょう。
俳句もそれほど楽しくないし、
素描も描き上げる時間を考えると面倒だなーと。

じゃ、なにを楽しみに生きているのか・・・
もちろん、お酒ですばい(笑

自由になるお小遣いがあれば、
週二日は下町の居酒屋をハシゴしていたでしょう。

いずれにしろ、情熱を注げる創作世界を維持できること、なによりの幸せと思います。

「ひと顔の犬 犬顔の人 緑陰に」
昔発表した句です。
このあたりから、句が崩れてきました(笑

Re: こんばんは。

こんばんわ。

エンリオ・モリコーネって、イタリアの映画音楽の巨匠くらいにしか知らなかったんですが、
クリント・イーストウッド出演の「夕陽のガンマン」の音楽も彼だったんですねー!

イーストウッドのファンだった頃があって、写真集とか持ってて、夕陽のガンマンの写真
がいっぱいでした。自分はダーティーハリーでファンになったんですが。
でもいつも葉巻を吸ってるイーストウッドが実はたばこ嫌いというのは、面白かったなあ。
演技する時、勘弁してくれよーみたいなことを、監督に言ってたそう(笑)

リベルタンゴは母親が好きで、持ってましたね。
昔ダンスをやってたから、タンゴとか好きだったみたい。
ヨーヨーマって、実に色んなジャンルの音楽が好きみたいで、色んな人と共演してますね。

ロックの人、ジャズの人、カントリーの人、映画音楽、民族音楽、もうホントに。
ダイアナ・クラールとのコラボにはびっくりしたけど
成功だなと思うものもあるけど、これはどーなんだろーってのも(笑)

いずれにしても天才ですが。

NANTEIさんのおっしゃってること分かります。
年とともに、何か大きなものの中に自分を没入させるのが、億劫な感じ、あります。

長いドラマ、映画、小説。

その点俳句は瞬間的に面白がれて、良いのですが。

でも「そんなに楽しくない」ってのは、実は、分かります。
純然たる、「楽しい」ものでは、無いと思うのです。

なんていうか、「創作」全てに言えると思うのですが、「創作」とか「創造」というのは、
作る大変さとセットになっているので、きっと「楽しい」という言葉は、
そんなにピッタリ来ないものだと思うのです。

絵を描くのも、俳句を作るのも、エッセイを書くのも、デザインをするのも、みーんな時間もかかり、
やすやすとはことが運ばないものばかり。

私もよく友人に、好きなことやってて、楽しいでしょみたいに言われると、少し違うと思うんです。

純然たる「楽しみ」はもっと受動的なものかもしれませんから、ゼロから何かを作ることとは
性格が違うような気がします。

それじゃあ、何が楽しいのとなると、

大人になると、そもそも欲求から何かをせずに、義務感からやったりするのが、癖になります。
趣味というのは、むらむらと突然、気まぐれにやりたくなってやる、というのが正道で(笑)
そういうコースをたどらないと、すっきりしないような気が。

ブログアップしなくちゃ、俳句書かなくちゃ、とかだと、自分の本来の瑞々しい欲求が、
曇ってしまうわけです。(これは自分のことなんです)

最近吉本ばななさんの対談を立ち読みして、そんな様な事が書いてあって、
あっと思いました。

今、この時の自分の気持ちや欲求を注意して大事にする癖をつけると、「楽しい」とか、
「わくわくする」とか、そういう気持ちが少し戻って来るような気がします。

創造というのは、楽しい事ばかりでなないと、前に書いたことと矛盾するかもしれませんが、

「楽しい」ことは何か無いかと探すより、「楽しい」と感じられなくなっているのではないかと、
そのことに最近気が付いたのです。

だから、「楽しいのはお酒を呑むこと!」とひとつでもきっぱり言えることがあるのは、素晴らしいことですよー!





追伸です。

人顔の犬、いますね!
賢そうな。

犬顔の人もいますね!
単純そうな。

でも、夫婦も似てくるって言いますから、飼い主と飼い犬も
雰囲気が相寄って来るってこと、あるかもしれませんね。
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お知らせ

いつもご訪問頂きありがとうございます。 「俳句とエッセイ時々音楽」のブログ名を、「A Cup of俳句」に改名させていただきます。宜しくお願いいたします。

プロフィール

ネコヤナギ

Author:ネコヤナギ
俳句は一行詩。コンパクトな宇宙です。それと日々出会う物・事を気ままに綴り、ジャンルにこだわらない音楽のことも少し。俳句は1994年から書き溜めていたものを2017年1月から遡ってまとめました。
60代突入・主婦時々グラフィックデザイナー。在宅ワーカーです。
趣味は俳句・ガーデニング・音楽・デザイン。

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