薔薇

薔薇

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本日の1曲/Eliane Elias - My Cherie Amour



こころ今薔薇の一輪の重さかな



やはらかき薔薇やはらかき雨纏ふ



家々の鍵まだ開かず薔薇咲きぬ



薔薇咲かむ薔薇の数だけ夜明けかな



良いお妃悪いお妃薔薇咲きぬ



大抵の女性は、良いお妃が7人と悪いお妃が3人くらいだと、自分の事を考えている。

それが大体健康的な自己イメージというものだろう。
自分もまたしかり。

だが、過酷な居場所にいると、そんな生易しいイメージで周りは自分を考えてはくれない。

なにがどうしようと、真実は曲げて伝えられ、否定的なイメージが誇大に強調して歪んだ形で伝えられ、何かのはずみでそれがこちらに伝わってしまった時、驚きのあまり開いた口が塞がらないような、そんな過酷な環境で生活してきた。(笑)
ナイーブな良いお妃たちにはとても過酷な環境だ。

だが、あまりにもそんなことが続くと、だんだん「いい人」をやっていることが徹底的に馬鹿らしくなってくる。
「悪いお妃」になってしまった方が、もといなってしまったふりをした方が、よーっぽど楽ではないか。
そう、悪いお妃8人と、良いお妃2人くらいの比率。

「還暦」も近づいて来るし、今までにかつて無いような目標を立てるのも、一興である。

お気に入りのブックカフェに、先日持ち込んだ本のタイトル「いい人をやめれば楽になる」
どっかで聞いたようなタイトル。この手の本は、多いのだ。

30分ばかり、ふんふんと読んだ。
読んだ本の返却場所に返して、また新たな本を取りに行こうとしたら、私の置いたその本のすぐそばに、同じ本が無造作に置かれていた。
人気があるのだろう。

うーん、皆さん、あまりいいお妃をやりすぎると、疲労困憊してしまいますよ。





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スニーカー踵踏みたき初夏となり



姫女苑夕べひとりの影長く



振り向けば万緑振り向かずとも



万緑や不眠広がる樹のかたち


久しぶりに、不眠症になった。
夜中に何度も目覚める割には、その間、正体不明に寝ていられたのに、ここのところ、そのリズムがすっかり乱れてしまった。

深夜、朝4時頃まで、仕事や、仕事の無い時は仕事の仕込み。あとはブログ書く日もある。
仕込みというのは、自主制作で、ポートフォリオのための、云わば見本作品の制作というところか。

うちの親などは、そういうことを深夜していると、「お金にもならないのに」と言うけれど、日々絵を描いていない画家などいないし、日々踊りの鍛錬をしない舞踏家などいないし、技術、芸術というのはそういうもので、そういうものなしにデザイナーなんて言えない。(最も、売れっ子デザイナーだったら、そんなことしてる暇はないけど)

PC作業を終えるや、どっと布団に雪崩込み、そのままとっぷりと眠っていたのに、この頃そうはいかなくなった。

神経、体、ともに限界的に疲れて、あー今日もてんこ盛りの一日だった、と思いつつ、重たい自分をやっと布団まで連れて行き、「さー、寝るぞぉー!」と錨のように寝床に潜り込む。
その時は、後頭部がすでに眠気でどんよりと湿っている。
その眠気に呼応して、当然の如く眠りの大波が自分を連れてゆくのを待っているのに、「ん?」気が付くと何度も何度も、意識の浜辺にまた打ち返されて、ひとりさみしく覚醒の砂の上に残される。

いや、またつぎの眠気の大波が来れば、今度はすっかり連れてってもらえるさ。
などと思いきや、また同じことの繰り返し。

だんだん意識が、夜明けの水銀灯のように冴え冴えとしてきて、眠くて眠りそうな自分と、眠れなくなって焦っている自分との、両方の自分の少し上の方へ、「ぽ」っと、飛び出してしまうのだ。

眠気の大波が来る、あー、眠れそう、眠れそう、とか言ってるとまた浜辺にもどされる。その一部始終をちょっと高いところから監視するようになってしまったら、ああ、もういけない。

不眠のメリー・ゴーランドだ。

原因はわかっている。
この間、この調子で珍しく一晩中一睡もできなかったのだが、そういう日に、起こるのだ。持病の、心臓の頻拍発作が。
こいつは、ストレスが限界を越した時と、睡眠が足らない時のどちらかで起きて、起きたら150前後の頻脈がノン・ストップで続くので、救急へ行くしかない。
しかし先日は、様々な薬を点滴してもなかなか止まらず、4時間くらいの間、その脈のままだったのだ。

あの恐怖から、「寝なくちゃ」モードになって、この「○○しなくちゃ」というのが、諸悪の根源なのである。

だけど考えてみれば、胃だの腸だの、「もっと速く動いて」とか「止まってて」とか、コントロールしようったって、無理である。
それと同じに、寝ようとコントロールしたところで、寝られるわけではない。

じゃあ、そうやって腹をくくればいいだろうって、それができるくらいなら、もとから不眠症なんかならない。

自分の脳で起きる現象なのに、「眠り」というのは、「彼方」のものなのである。
内臓の動きも眠りも、自分の頭でコントロールすることはできない。
自然界の大きな力が人間にコントロールできないように、人間自身の中にも大自然のミニチュアのような部分があって、そういったものをいいように操縦はできないのだと、よくよく思い知らされる。

それで、だからどうする?
もう少し、ちゃらんぽらんに、なる。あるいは、自分というものに、一歩、遅れる。
私の場合、これが一番いいかなあ。
うまく言えないんだけど、自分の思いや感情は止めようと思ってもなかなか止まらないから、一歩遅れて、グズグズついていくような、うやむやな感じ。
あとは、首や肩に目一杯、インドメタシンの塗り薬を塗って、火照りまくる体に注意を向ける。意識から目をそらす。

そんな今日この頃。  さあ、寝る時間だ。  今日はどうかなー。

眠りのメリー・ゴーランド。






白菖蒲風が素足で走り去る



白菖蒲記憶明るく途切れをり



宅配の中身分からず若葉光



針の如一機飛び出す柿若葉



迷い無き視線と会いぬ柿若葉



虫歩く悲しき頁木下闇



やすらかに我の影解く木下闇






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コメント

こんばんは。

やはりCHIBAにお住まいでしたか。
吊り下げのモノレールで、きっとそうに違いないと思いました。

句歴20年以上ですか・・・
私はちょうど20年。
今調べて判ったことですが(笑

始めて数年ほどは日に十句以上作ってましたが、
今では気が向いたときぽつぽつと。

俳句は多作多捨と申します。
毎日、呼吸をするように詠んでいると、
「俳句脳」が大きく育つそうです。

俳句に限らず、絵画、音楽、はたまた職人さん、
すべてに言えることですが。

「才能とは、好きでいられること」。
どなたかが書いていましたが、
好きこそものの上手なれ。
なんでしょうね。

やはりCHIBAにお住まいでしたか。
吊り下げのモノレールで、きっとそうに違いないと思いました。

句歴20年以上ですか・・・
私はちょうど20年。
今調べて判ったことですが(笑

始めて数年ほどは日に十句以上作ってましたが、
今では気が向いたときぽつぽつと。

俳句は多作多捨と申します。
毎日、呼吸をするように詠んでいると、
「俳句脳」が大きく育つそうです。

俳句に限らず、絵画、音楽、また職人さんも、
そういえるのではないでしょうか。

「好きこそものの上手なれ」とも申します。
お好きな俳句、是非楽しみながら続けてくださいますよう。

薔薇咲かむ薔薇の数だけ夜明けかな

これ、とても心に響きました♪

Re: こんばんは。

コメントありがとうございます。
句歴20年以上と申しましても、前はホントにぽつぽつ作っていましたので。

今はどちらかというと作るより、俳句を読んでる方が好きですね。
きっと生みの苦しみは無くて、感動だけしていられるからなんでしょうね。

昔は、選り好みがありまして、好きな数人以外の俳人の作品以外は興味無かったり。
沢山の人の俳句を読むよりは、自分の句を作ってる方が良かったんですが、
今は際限なくというか、いろんなタイプの俳人が好きになってしまって、
影響受けやすいので、「うわー、凄い、凄い」とか感動してばかりで、
その勢いで作るんですが、なんでこうなるのー?みたいな。

勢い負けしてますね。

もう少し数を減らしてみようかなとか、色々思うんですが。

とりあえず、俳句、好きですね。(笑)


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いつもご訪問頂きありがとうございます。 「俳句とエッセイ時々音楽」のブログ名を、「A Cup of俳句」に改名させていただきます。宜しくお願いいたします。

プロフィール

ネコヤナギ

Author:ネコヤナギ
俳句は一行詩。コンパクトな宇宙です。それと日々出会う物・事を気ままに綴り、ジャンルにこだわらない音楽のことも少し。俳句は1994年から書き溜めていたものを2017年1月から遡ってまとめました。
60代突入・主婦時々グラフィックデザイナー。在宅ワーカーです。
趣味は俳句・ガーデニング・音楽・デザイン。

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