FC2ブログ

春アラモード2

春アラモード2

20184h.jpg
本日の1曲/クライスラー「愛の喜び」羽田健太郎

クラッシックのバイオリン曲「愛の喜び」をハネケンが縦横無尽にジャズ?にアレンジ。
ハネケンは「軽音楽」というイメージのフィットするピアニストだけれど、これは重厚かつモダンな凄いアレンジ。しかも聞いてて楽しい!
まさに「自在」という言葉がぴったり。
こんな風に、俳句が作れたらなあ、というのが私の密かな願望。
古きものと、新しきものの間を、一つの方法論にこだわることなく自在に行き来して、楽しく俳句を作りたい。
しかし…言葉にするのは簡単だが、これがなかなか。
そういう境地を目指して今日も俳句を…。



たんぽぽや屈めば我の影の中



たんぽぽの黄の残像を持ち歩く



たんぽぽやシャッター増える商店街



いぬふぐりこの頃寂しき視力かな



いぬふぐり風が子猫の毛を立てる



朧の夜隣の家は誰も居ず



朧の夜そっと遮断されている言葉



春の風事の成り行き変えてほし



簡単に溶ける謎々チューリップ



チューリップ遠慮している暇はない



春の月夢の中では起きている



自分が眠ってしまった後に、見るのが夢なのだから、そうなると一体夢を見ているのは誰なんだ、ってなことになる。

私はどうにも沢山の夢を見過ぎて、大変疲れる。
なぜそんなに夢を見ていることを覚えているかというと、夜中に数回目が覚めるからであって、そのたんびに、あーコワかったとか、あー忙しかったとか、あー、この支離滅裂なストーリーは一体何なのよ!とか、いちいち思い出して記憶してしまうからなのだ。

簡単に調べてみたら、夢を見ている時に、深く関わっているる脳の中の部位は、海馬・橋・後頭葉・外側膝状体という部分なのだそうだけれども、覚醒時に一番活躍する意識的な活動をしている前頭葉でさえも、なんと70%が睡眠中も活動しているというではないか! 休息しているのは、その内の30%くらいなのだという。内臓や神経など、体の様々な組織を活動させておくためには、脳も活動していなければならないとか。
そりゃそうだ。

ってことはつまり、私が眠ったところで、部分的な私が眠っているだけのことで、わたしの睡眠中の体を維持させたり、夢を作り出して見せたりしているのは、起きている私よりも、一回り大きい、起きている私を囲んでいる大きな私、そんな風に考えると近いのかもしれない。

覚醒中の自分と、睡眠中の自分というのは、もっと、意識と無意識、表と裏、みたいな単純な構造をイメージしていたのだが、そうではないんだ。

どちらかというと、起きている時の自分の意識の方が、偉そうと思っていたのだけれど、こうなってくるとちょっと違うようだ。

大きな自分がいて、ヌ~っと立っていて、その掌に、もう一人小さな自分が、立っている。その自分は、せっせと立ち働いたり、食べたり、飲んだり、怒ったり、笑ったり、俳句を作ったりしていて、何かと忙しい。

やがて、夜が来て、その掌の上にお布団をひいて、小さな私はコテンと寝てしまう。
それでも大きな私は、ヌ~っと、起きているのだ。 掌で私を寝かしたまま、灯台のように、煌々と。一晩中。

うーん、なんて言うか、有り難いというべきか。  うん、そうだ。有り難いのだ!

覚醒時の自分が寝てしまっても、大きな自分が自分を守っていてくれるんだから、考えてみると、命というのは、物凄く精巧なシステムではないか。
ただぐうたらと寝て、起きようとすればば膝だの腰だのアチコチが痛くて、あーもう、年だなあ、などとぼやきつつ必死で起きるのだが、裏では驚嘆すべき神秘なシステムが一晩私を守ってくれているのだ。

しかも、覚醒時の意識的な脳の部分が部分的に眠って休息している間に、脳は人の記憶の中の、その人にとって、重要なものやそうでないものを、組み換え、削除し、構成し直して、新たな記憶のグループに作り替える、「記憶のグループ」の更新をしているのだそうだ!

こういう作業が昼間の覚醒時に行われずに、睡眠中に行われるわけは、覚醒時には、様々な情報が外界から手を替え品を変え脳に入って来るので、こういう情報過多な状態では、込み入った作業ができないからなのだ、と言う。

そうか。やっぱりおでん屋のおでんの汁のように、古い汁はあるわ、水は足されるわ、新たな具は入って来るわ、出ていく具はあるわってわけで、人は毎日更新されているわけだ。

脳の奥深いところで、そういう複雑な作業が繰り返されているのを、意識の方の窓から覗いたものが、夢なのだという。

こりゃわけがわからなくて、当たり前だ。 断片的なはずだ。 それがまたパッチワークされて、摩訶不思議なストーリーになっているのだ。 納得。

また興味深いのが、夢に出てくる登場人物は、大体自分の中の、分身なのだと言う。
自分の中の、その登場人物的な、部分なのだと言う。
例えば、攻撃的な武将とかだったら、自分の中の攻撃的な部分、なのだそうだ。

それから怪物や怖い人に追いかけられるのは、誰でも見る夢だが、恐れることはないらしい。
その「怖いもの」は自分の中で、今、感情的に引っかかっている「問題」なのだということだ。

そもそも夢というのは、明るく楽しいものよりも、どうしても不安だったり、怖かったり、わけのわからないものが多いのが普通らしい。
これは、生物としての生存本能みたいなもので、不安などのマイナス要素の感情的要因が、外界からの様々な問題から自分を守るシグナルとして働くためらしい。

他にも面白いなと思ったのは、睡眠中に、「記憶の定着」ということがあるらしく、覚醒時に必死で暗記したり練習したりして、うまくいかなかったものも、睡眠中に、うまい具合にその記憶が定着させるような働きがあるそうで、良く寝た次の日に、「あれ?できるな!」なんてことがあるらしい。

眠りというのはずいぶんと奥が深く、不思議なものだ。

そういえば昔から、「果報は寝て待て」とかいう諺もあるし。
やるだけやったら、あとは寝て待つ、するとこういうご利益もあるのだろう。
グリム童話では、もう商売を続けられなくなりそうな靴屋で、夜中に小人がそっと立派な靴を仕上げておいてくれる、なんて話もあったっけ。

さて、そろそろ瞼が重くなって来た。 

ブログをアップして、大きな灯台のような自分の中に、寝に行くとするか。

なんか、凄いシュールな世界‥‥‥。 







春陰の噴水重く零れ落つ



春陰の大きな門を固く閉づ



菜の花に流れ込む青空垂直



菜の花の黄の押し問答聴いている








応援お願いします。
にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ
にほんブログ村


















スポンサーサイト

コメント

No title

眠りというのは突拍子もなく奥が浅く、不思議なものです。
薬を一錠、呑んでるけど。

Re: No title

こんばんわ。コメントありがとうございます。
お薬というのは睡眠薬ですか?

私も以前は眠りが浅かったのですが、この頃どうも事情が違って。
かなり正体不明に寝ているのですが、短くブツブツと起きちゃうんです。
そしてその時、もう随分眠ったような気になっていて、「そろそろ起きなくちゃ」とか思うんですが、まだ一時間しか眠ってなかったり。

なんか体内時計がボケてきてるのかなんて…。コワイ。(笑)

でも眠りのおかげで、身心ともにアップデートしているんでしょうね。

Re: No title

得意の追伸です。

nayukiさん、これってギャグ?ですよね。
眠りと言うのは奥が深くて浅い、不思議なものですね。(笑)

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

Re: No title

そーか、やっぱりギャグだったんだ。
蛍光灯ですみません。後で気が付いた。
非公開コメント

お知らせ

いつもご訪問頂きありがとうございます。 「俳句とエッセイ時々音楽」のブログ名を、「A Cup of俳句」に改名させていただきます。宜しくお願いいたします。

プロフィール

ネコヤナギ

Author:ネコヤナギ
俳句は一行詩。コンパクトな宇宙です。それと日々出会う物・事を気ままに綴り、ジャンルにこだわらない音楽のことも少し。俳句は1994年から書き溜めていたものを2017年1月から遡ってまとめました。
60代突入・主婦時々グラフィックデザイナー。在宅ワーカーです。
趣味は俳句・ガーデニング・音楽・デザイン。

ブロとも一覧

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR