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白梅・紅梅

白梅

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今日のBGM/ドビュッシー「夢」羽田健太郎


白梅に我の裸眼を洗いをり



日蔭れば半音下がる梅の白



白梅や未来も過去もしろきはな



白梅や誰を信じて生きるべく



白梅と繋がっている昼の月



白梅を曲がれば知らぬ道に出る

近所に、素晴らしい白梅の大木のあるお宅があり、毎年その梅を見てから、梅の句を作ることにしていたのだが、尋常でない寒さのせいか、まだその梅が咲いていない。
仕方なくいつもはゆかぬ街の方角に、梅を探して散策に行く。

この辺は少しは通ったことがあるのだが、路地によっては、まだまだ知らぬ小道も多い。
おお、あの辺に何か光が集まっているような…と思って近寄れば、ありました、白梅一本と紅梅一本づつ。
日当たりや風の回りなどの環境の条件の違いか、木の種類などの違いもあるのか、ここの梅は今まさに満開。

「会えたなー!」と嬉しさに浸って、しばし立ち止まって、梅を見る。

しかし、何なのだ。
随分と、人気の無い、摩訶不思議なお宅である。
庭が、これでもかというほどに鬱蒼としている。すべての植物が枯れ放題か伸び放題のどちらかで、その庭をぐるりと回ってみると、何と庭の真ん中辺に、大きな倒木というか、途中からめきっと裂けて裂けた幹がぶらんと垂れて、地に投げ出されたままになっているではないか。
雷でも落ちたのか、それとも老木が何か病気かなにかになって、そういう有様になっているのかわからないが、こんなものを庭にそのままにしておくなんて、中々不思議なお家だなあと、ちょっと興味が湧いたりして。

空き家というほどには荒れていないのだけれど、どこにも人の気配というか、人の仕業の後が無いというか。
それなのに、門の近くの梅の木の、生き生きとしていることこの上無いのが不思議なのである。
白梅も、光が空へ登っていくようだし、紅梅も、若い娘のように晴々と咲いているではないか。

まるで、この家の主は、この梅達でもあるかのようである。


梅林やこの世にすこし声を出す  あざ蓉子

数ある梅の句の中で、特に、特に、好きなものがこの句である。
声を出しているのは何なのかはっきりとはわからないが、梅林というからには、この世のものならぬ、静かな煌めきの坩堝であろう。
この世のものの梅林が、この世のものならぬ何かと、呼応しているのである。

この世のものでないとなれば、「死」の世界のものかといえばそれも違うような気がする。
それは「生」の世界のものでもなく、「死」の世界のものでもない。
何だかよくわからない、そういうものを超越している大きな、永遠のようなもの。

そんなものが梅林ほどの大きさで、すこしこの世に声を出している。
私には、そんな風に感じられるのだ。
あるいは、解釈らしきものを何もしないで、ただ音楽のように、バーン、と受け止めても、どちらにしても結果は同じだ、という感じがする。

この句を思い出しながら、二本の梅の木が主に成り代わっているのかもしれない、この家の門の角を曲がると、一度も通ったことの無い、見知らぬ道が続いている。

ただそれだけのことなのだが、何だか珍しく未知のものへと心が動いた。
梅の花の力もあったのかもしれない。

どうもこの年になると、柔軟な魂でなくなるというか、自分の常備している感情を通低音にして、ものを見る癖がついてしまっている。
習慣になっている物や事へ、選択は落ち着いてしまうし、それは感情に関しても同じことが起きている。
だから、見ているものがいつも似ている。
自分のここ10年かその辺りの、色々なことが度重なるうちに習慣のようになってしまった、心の傾きかたの、癖のようなもの。

その感情はそれはそれで自分の真実なのだから、そこから逃げようとすれば必ず追われる。
でもいたずらに癖になってしまうことは、よくよく認識しておかなくてはならない。

無くて七癖どころではないのだ。
人の心は、CDのように何度もかけている感情が住み着いてしまう。

だがこんなに身近な街にでさえ、まだ見知らぬ道があるのだ。

自分の知らないことも、見ようとさえすれば無限にある。
未だ見ぬ大陸のように、まだ知らない自分もいるし、まだ知らない人々もいるし。

暖かさにはまだほど遠い寒さの中に、先駆けて咲いている春の予言のような、梅の花。


始まるのは春ばかりではない。

新しいものが、古いものを癒すだろう。古い悲しみはあるがままに放置しておくしかない。
新しいものに無感覚でいては事態は変わらないのだ。

少しでもそんな風に思えたことは、久しぶりのことだった。







紅梅

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紅梅を通り過ぎる子ら声きらきら



紅梅が咲けば夕暮れいそがない



紅梅に買い物袋二つ三つ



紅梅が遠くの空も間近にす



紅梅の中を尼僧の歩みをり



紅梅や走れどバスに間に合わず






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コメント

こんにちは!

白梅に我の裸眼を洗いをり
日蔭れば半音下がる梅の白
紅梅に買い物袋二つ三つ
白梅を曲がれば知らぬ道に出る

特に好きな御句を挙げさせていただきました。^^
曲がれば知らぬ道に出る…
そのお宅は、人がお住まいで、その状態なのでしょうか?お庭の真ん中に倒木って、摩訶不思議…
独特のエッセンスの効いた深みのある文章が面白いです。v-352

Re: こんにちは!

コメントありがとうございます。
お気に入られた句を沢山挙げていただいて、嬉しい限りです。

そうですねえ、どういうお家なのかわかりませんが、住んでいた方々がお年を召されて、施設か何かに入られて、お家はまだそのままにしてある状態とか。長年空き家という風ではないんですよ。
でもあの倒木は度肝を抜かれましたが、珍しい光景なので、それはそれで不思議大好きな私。

梅は周り中がまだ枯れ木の頃、いきなり生き生きとした花を咲かせてくれるので、余計に心に沁みるような気がします。
春の先端みたいな。
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いつもご訪問頂きありがとうございます。 「俳句とエッセイ時々音楽」のブログ名を、「A Cup of俳句」に改名させていただきます。宜しくお願いいたします。

プロフィール

ネコヤナギ

Author:ネコヤナギ
俳句は一行詩。コンパクトな宇宙です。それと日々出会う物・事を気ままに綴り、ジャンルにこだわらない音楽のことも少し。俳句は1994年から書き溜めていたものを2017年1月から遡ってまとめました。
60代突入・主婦時々グラフィックデザイナー。在宅ワーカーです。
趣味は俳句・ガーデニング・音楽・デザイン。

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