春寒・春寒し

春寒・春寒し

20182j.jpg
本日の1曲/Eva Cassidy - Yesterday



春寒や小さき歩幅で歩みをり



列車また遅れてをりぬ春寒し



むつかしい貌の犬吠え春寒し



春寒の鍵確かめに戻る道



春寒や端切れの如き夢を見て



春寒の小鳥音符の軽さかな

ある休日の朝、ベランダの植木鉢に植えてあるコニファーの枝先に、何か細かいものが動いた。
よく見ると、小鳥がつがいで来ていて、葉の中に出たり、入ったりしている。
つがいで来ているのだから、雀だろうと思って見ていると、ほんのり抹茶のような色味が見えた。
えっ!鶯? と思って、そっと観察していると、いやいや目の周りがくるりと白い。
じゃあ、メジロだ、と思ってそばにいた息子を呼んだ。
鳥の事にはとんと疎い私だけれど、メジロぐらいなら、分かるのだ。

「そーっとね、気配ですぐ逃げちゃうから」

二羽のメジロは、その動きの軽やかなこと、軽やかなこと、いつまで浮いてる風船の中の、ヘリウムガスだかなんだかが少々入っているのではないかと思うほどに、ぽんぽんと軽やかに葉の中を移動している。

重力に反している。 私は思った。
どのみち、飛べるんだから、地震の時はなんていいだろう。

それにしてもその動きの可愛らしいことこの上なく、ポポポポポポ…という感じ。
コニファーの葉に潜ってしまって、葉がプルプルと動いているだけでも、その葉の動きさえ可愛いのだ。
鳥というのは、飛んでいる時の動きも見とれてしまうほど優美だし、水鳥がくるくる泳いでいるのも、実にスムースな動きで、見ていて癒される。

いや鳥だけではない、野生の動物のしなやかな動作には、それだけで見飽きない美しさがある。
猛獣は猛獣の美しさ、小動物には小動物の動きの可愛さ、美しさがある。

同じ生物でありながら、何故人間だけがこうもぎくしゃく動いているものだろうか。
わざわざスポーツや舞踊のような形を作らなくては、美しい動きができないとはおかしなものだ。

小鳥や動物のように、動きそのものが可愛らしく、美しいのは小さな子供だ。
三つ、四つくらいがピークだろうか。
一時たりともじっとしていない子供たちの、その蝶々のような軽やかな動きには、ついつい目を奪われてしまう。

昔息子に、外で私に会うと、いつも「せかせか」歩いてる、と言われて、「がーん」となった。
何処かで何かが、深く心当たりがあるのだった。
いつも時間に追われている、そのことが心にまず染み付いていると、当然体の動きも、その感覚に操られるに違いない! いつもいつも先を急いでいるマリオネットのような…! いやだー!
要するに、優雅でなく、せかせかしているおばさん、いつの間にかそんなものになっていたのだ!

おまけに、そのころの私はヘアスタイルがショートボブだったんだが、「ショートボブは似合わない。よけいせかせかして見える!ロングヘアの方がいい!」などと訳のわからない方向へ話がなりゆき、おかげで今ではコラーゲンのすっかり減少したバサバサな髪なのに、頑張ってロング・ヘアーにしているのだ。

どういう繋がりなんだろうと、考えたことがあったのだが、きっと息子の中では、ショートボブは「短い髪」で、「ボーイッシュで、活動的」イコール「せかせか」、にどこかでイメージが結びついたのかも。
それと対局的な位置にあるイメージが「ロングヘアー」イコール「優雅」だったのかしら。

だけどね!中身が優雅でなきゃ、絶対優雅にならないから!
といいつつロングにしている自分がわからない。息子の言うことにはちょっと影響されてしまう自分がいる。

しかし驚いたのは、メジロの動きを一緒に見ていた息子が、「可愛いなー!」と本気で感動していたことだ。
ちょっと覗いて、すぐに行ってしまうだろうと思っていたのに、一緒になって、ずっと見ている。
その上、「バードウォッチングする人の気持ちが分かったなあ」とかしみじみ言っている。

「ホントに?」
「うん。これは、可愛いよー!」だって!

なんだか私は安心した。

社会人一年生の息子は、最近仕事が大変で、結構ストレスフルな感じだったから、ちょっと心配だったのだ。

プログラミングの仕事をしているのだけれど、研修中は前向きだったのが、いざ仕事になったら、太平洋にいきなり小舟で繰り出したような有様だと、疲れた顔で帰宅するようになった。
それでも上司には恵まれて、とても良い人で教え方も上手いと言うし、残業の無い生活を社員にさせたいというポリシーの会社だったので、七時半には帰って来てしまう。恵まれているのだ。

そう言っても、月曜が来ると思うと気持ちが暗くなる、などと言って、帰宅すると、スマホ三昧、しかもタブレットをスマホの前に置いて、スマホでゲームだかなんだかやりつつ、その待ち時間だか空き時間に、タブレットでアニメや映画を見るという、液晶漬けの毎日。
ストレス解消になるなら放っておこうと思っていたが、あれで気が休まるものかと内心疑っていた。

だって、人間の脳は、絶えず「こっちとこっち、どっちがいいか。あれにするか、こっちにするべきか」などと、いうなれば選択三昧。たとえゲームと言えど、そのことに変わりはない。
そのわずかな空白時間にまた違う情報で脳を一杯にしていたら、気が休まるわけはない。
休日もあまり出かけないで、ひたすら一日バーチャル漬けなのだ。

かく言う私だって今の生活からPCは外せない。
仕事がまずPCでやる仕事だし、趣味のブログも、デザインの勉強も、レシピも、インテリアの参考も、百均グッズの利用法も、健康の情報も、もうホントにこれが無くては困ってしまう。
でも、それはあくまでも「リアル」の世界のための「バーチャル」の情報であって、「リアル」と「バーチャル」がメビウスの帯のように循環している。

息子を見ていると、「バーチャル」一辺倒だから、心配なのだ。
何か「リアル」の方で、趣味を見つけたら、といつも言っているのだけれど、「興味のあるもの何もない」というつれない返事。

それが珍しく、リアル界の小鳥に、本気で感激しているのだ!
なんといい傾向ではないか。
ああ、これを機会に「バードウォッチングすることにした」とか言って、休日に外へ出かけるようになれば、しめしめなのになあ! まあ、そんなにうまくは問屋が卸さないだろうけど。


だがここ何日か、息子は帰宅すると、プログラミング言語の勉強をするようになった。
ストレス解消とはいえ、遊び三昧だと、却って不安になるのではないか、何か一つの言語に習熟したら、それが自信になって仕事に対する気持ちも少し変わるんじゃない、などと控えめに言ってみたのだ。

息子は返事をしなかった。
でもここ何日か、帰って来ると机に座っている。
状況はすぐには変わらないだろうしし、液晶漬けであることには変わりはないけれど、少しでも明るい気持ちで毎日を過ごしてほしい。
下手なことを言って、気が変わってしまわないように、それこそベランダの小鳥の前を通り過ぎるように、そぉーっと、知らんふりをして息子の部屋を通り過ぎる。
ついでに健康的にバードウォッチング、などと欲は出さないことにしておこう。


でも、こういう成り行きだけは勘弁してほしい。

「バードウォッチングのゲーム見つけたから、買ってきた!」







雲は今駿馬のかたち黄水仙



黄水仙夜の背筋が伸びている



薄氷や嘘を信じたふりをして



パンジーに風のつむじを見つけをり



パンジーの色隠れてる闇夜かな



ヒヤシンス新聞記事を棒読みに



天気雨の如き思い出ヒヤシンス



如月や風の坩堝の瑠璃色に



これからのことのみ思ふ物芽かな










応援お願いします。
にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ
にほんブログ村

スポンサーサイト

コメント

No title

私もコンピュータ技師をしていました。
後半は経理畑の仕事でした。
在宅勤務でコンピューター関連の仕事をしていますが、忘れて困っています。(´ρ`)(笑)

Re: No title

そうですよね。nayukiさんのブログを読んでいて、エンジニアの方なんだなと思っていました。
覚えることは無限にありすぎるから、皆さん得意な言語とか、ある程度決めて補い合いながらやってらっしゃるようですね。
息子もなんにせよ一年生だし、研修中と違って、実際の仕事で扱う情報量のスケールが膨大なのに、慣れるのが大変だったようです。
私はデザインなので全く畑違いですが、少し仕事が入らないと、基本的なこと以外の、込み入ったソフトの技巧は、やっぱりやり方忘れますよ。
参考書を横に置いて、「あー、どうやるんだっけ」とか言いつつ、やってます。
非公開コメント

お知らせ

いつもご訪問頂きありがとうございます。 「俳句とエッセイ時々音楽」のブログ名を、「A Cup of俳句」に改名させていただきます。宜しくお願いいたします。

プロフィール

ネコヤナギ

Author:ネコヤナギ
俳句は一行詩。コンパクトな宇宙です。それと日々出会う物・事を気ままに綴り、ジャンルにこだわらない音楽のことも少し。俳句は1994年から書き溜めていたものを2017年1月から遡ってまとめました。
50代後半、双子座・A型・主婦兼グラフィックデザイナー。在宅ワーカーです。
趣味は俳句・デザイン・音楽・手織り。最近ホロスコープの奈落に足を突っ込んでいます。

ブロとも一覧

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR