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冬アラモード1

冬アラモード1

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本日のBGM/Simone Kopmajer - Home 


冬帽の下より遥かなものを見る



言いにくい言葉マフラー通り抜け



こころまた色褪せやすく冬の雨



毛糸編む妻になったり親になったり



寒の月後ろにも目があるやうな



帰り花時間の帯は戻らない



枯園に愛の言葉を失へり



まだ家事が残ってをりぬ冬燈し



寒燈の湯舟に揺れて揺れやまず



水鳥の増ゆる如くに睡りくる



今という座標動かず寒の星



寒月やバッグに青い手帖あり


普通手帖やカレンダーは暮に買うものだろう。
しかし、いつもそのつもりでいるにもかかわらず、年末年始の一人駅伝のような有様で、結局そういうことは年明けになってから、しかも正月が終わって、家族が外界に出るようになってから、やっとゆっくりと品定めに行くことができる。

大分前のことになるが、子供が小さなころには、自分の手帖は薄かった。小さかった。
PTAのことくらいしか日をたがえられぬ用事はなかったし、立派なものを買い込んだところで、白々と終わってしまうことを思うと、いかにももったいなかったのだ。
それはまた、雑用ばかりで終わってしまう日月の、虚しい証明のようでもあり、寂しかった。

しかし、年が経つにつれ、手帖はやや厚く、大きめなものになっていった。
理由は三つつあり、ひとつは小規模でも自分の仕事を得たことと、それからもう一つは、頭の中にインプットされた情報が、早目早目に行方不明になってしまうようになったからだ。
つまりは書きこむスペースをより多く必要とするようになったということである。
もう一つは、パソコンを長時間注視する仕事ゆえに、老眼の度の進みが年齢的な平均よりずっと早く、小さな面積に書き込むことが苦痛であること。
これらの事情から、大きめの、少し厚めのものを買うようになった。

毎年柄で大いに迷う。
仮にもデザインを仕事にしているからには、出来れば無地でなく、気の利いた「なにか」がデザインに、欲しい。

ところがこれがなかなか難しい。気に入るものは中々見つからない。
派手派手しい柄物は嫌だが、きらりとミニマムな「なにか」があるもの。
すると、去年と同じになってしまう。
それの色違いだって、一昨年に使用済みだ。

小一時間も手帖売り場に立っていて、結局妥協できる柄物は無かったので、しぶしぶ無地のものにすることに考えを変えた。

手帖の大きさ、軽さ、書き込めるフリースペースの分量などで熟慮した結果、私の最終選考に残ったのは、柿のようなオレンジ色と、冬茜の藍から茜色へのグラデーションの中から持って来たようなような藍色。
それも張り詰めたようなピークの「紺碧」というような鮮やかな色味ではなく、峠を越していよいよ暮れてゆく、ややグレイッシュな落ち着いた冬の夕空の色。

いかにも冬の「青」だ。

私は迷った。
「今年はいい年にしたい」「今年はいいことがありますよう」
誰もが思うように、思った。

去年はさんざん思いがけないことがあって、ほとほと疲労困憊した。
であれば余計に縁起を担ぎたいものだ。

それなら、柿のようなオレンジ色が、「ぱっとして」いるじゃあないか。
暖色系のなかでは、赤やピンク、ワインレッドなどに比べたら、少しスポーティーなイメージがあって、嫌いではない。
それにやや抑えた色味のオレンジだから、明るいけれど派手派手しさは感じない。
「新しい、いいことが起きますように」「新しい仕事が開けていきますように」
そんな風に考えると、
いかにもこちらのオレンジ色の方が、明るい運勢を連れてくるように思えてくる。

一方藍色の方は、まさに自分らしいような色、と言うべきか。
夕暮れの空が、やがて隠していた星々の煌めきをあらわにする程に暗くなる、その一歩手前の藍色。
この色を見ている時に、どんな幽かな「抵抗」も「興奮」も、自分の中に起きないような。
意識しているわけではないのに、クローゼットを開ければ、黒、グレー、ベージュなどの基本色以外は、様々なトーンの青や紺色の服しか、入っていない。
言うなれば自分の「Home」のような色なのだ。

迷った挙句、私は縁起の良さそうな柿色の手帖を手に取り、レジの方へ行きかけた。

しかし何かが、その足を止めた。

突然私は思ったのだ。 何の前触れも無く。

「自分らしくいたい」。






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コメント

No title

心のゆらぎが感じられる句ですね。
ネコヤナギさんの句を読むと、私もこんなことを感じていたと気付かされます。
手帳、コート、いろいろこだわって、それを楽しんでいらっしゃるみたいですね。
年をとると、着心地や軽さを優先するようになってしまい、ダウンを愛用しています。

Re: No title

コメントありがとうございます。
俳句は嘘をつきませんね。そのつもりはなくても、自分の状態が表れます。
自分らしく生きようと思うと、結構波風立つので(笑)こんなささやかなシーンで溜まっているものが出るのかもしれないです。

ほんとにもう重いコートは願い下げです。それで私はダウンをひとつ見つけました。案外達磨にならずに、すっきり見える割に暖かいと思ったのですが、寒風のさなか着て出たら、そうでもないので、ショック!
随分吟味したつもりだったのですが。暖房の効きすぎた店内では、十分暖かく思えて、「あつー!」と言いながら試着していたのです。
こればかりは・・寒風のさなかで試着なんかできないですもんね。

コメントありがとうございました

何時もネコヤナギさんの句を拝見すると、奥深さに感動します。

私は全くの初心者ですので、ブログに載せるのもおこまがしいのですが、還暦もとうに過ぎてから始めたので、恥ずかしがらずに載せてしまいますす(笑)。

あとで気が付いたのですが、あの句は、

寒月や ひとつ息して 逝きし猫

と体言止めにした方が良いのではと思いました。
公民館で習っているのですが、先生方は能村研三先生の「沖」に所属されているようです。

Re: コメントありがとうございました

そうですね。「息して」と「逝きし」と両方動詞なので、確かに名詞で終わった方がいいですね。
いつも謙遜されてますけど、ちゃんと勉強してらっしゃるじゃないですかー。

なないろいんこさんのブログで、私は鳥のことを勉強させてもらいます。
白鳥や鴨は、ああいう風に後ろに首を曲げて眠るんですねー、知りませんでした。

Re: Re: コメントありがとうございました

得意の追伸です。
すみません、正確に言えば「息」は名詞で、「して」が動詞ですよね。
私などはあまりきちんと考えて作りませんが、なんとなく感じで、おさまりがいいか、悪いかで作っていますね。
あと、どうしても言いたいことが犠牲になる場合は、おさまりが悪くてもそちらを優先させたり。
今回は、最初と殆ど句意が変わらないので、体言止めがいいかと思います。
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お知らせ

いつもご訪問頂きありがとうございます。 「俳句とエッセイ時々音楽」のブログ名を、「A Cup of俳句」に改名させていただきます。宜しくお願いいたします。

プロフィール

ネコヤナギ

Author:ネコヤナギ
俳句は一行詩。コンパクトな宇宙です。それと日々出会う物・事を気ままに綴り、ジャンルにこだわらない音楽のことも少し。俳句は1994年から書き溜めていたものを2017年1月から遡ってまとめました。
60代突入・主婦時々グラフィックデザイナー。在宅ワーカーです。
趣味は俳句・ガーデニング・音楽・デザイン。

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