2月 枯野(2016)

それぞれにただひとり佇つ冬木かな



話すこともう何も無く枯木立



ふり返れば寒林から月が逃亡する



寒林の千の手が一羽の鳥を生む




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ヒヤシンス静かな雨が降っている瞳



梅が噴き出す堅牢な寒さから



いつまでも行く人消えず枯野かな



誰かゆく私の上の枯野かな



眠り入る額は枯野となってゆく




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枯野の俳句はとても好きだ。 というか、枯野が物凄く好きなのだ。
夫が旅行嫌いなので、旅といえば子供を連れてゆく夏の家族旅行しか行かなかったのだけれど、ある時冬に小旅行をして心底驚いた。冬の田園の美しさを知らなかったのである。
だだっ広い枯野を人が歩いてゆくのだが、いつまでたってもその姿が消えずに見えているというのは、せせこましい町育ちの私には、もうカルチャー・ショックといってもよかった。
それ以来、枯野は単なる具象的な映像を超えて、私の無意識の中に住みついたらしい。
無意識というのは、一体何なのだろう。
ああしただだっ広い、原始的で茫漠とした空間に、直結しているものなのではなかろうか。


遠山に日の当りたる枯野かな  高浜虚子

吾が影の吹かれて長き枯野かな  夏目漱石

火を焚くや枯野の沖を誰か過ぐ  能村登四郎

降り立ちてふり向く鴉大枯野  原和江

枯野行くおのれも後ろ姿なり 米沢吾亦紅

枯野行き橋渡りまた枯野行く 富安風生

よく眠る夢の枯野が青むまで  金子兜太

外套の奥は枯野に続きけり 鳴門奈々

枯野ではいつも誰かが戦っている 秋尾 敏


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ヨーヨーマはクラッシック界のチェリストだが、様々なジャンルのミュージシャンとコラボレーションしている。
アリソン・クラウスはアメリカのシンガー。 曲は伝統的なアイルランドの クリスマスキャロルなのだが、広大な空間や寂漠とした自然を感じさせるアレンジだ。

Yo-Yo Ma, Alison Krauss  「The Wexford Carol」














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いつもご訪問頂きありがとうございます。 「俳句とエッセイ時々音楽」のブログ名を、「A Cup of俳句」に改名させていただきます。宜しくお願いいたします。

プロフィール

ネコヤナギ

Author:ネコヤナギ
俳句は一行詩。コンパクトな宇宙です。それと日々出会う物・事を気ままに綴り、ジャンルにこだわらない音楽のことも少し。俳句は1994年から書き溜めていたものを2017年1月から遡ってまとめました。
50代後半、双子座・A型・主婦兼グラフィックデザイナー。在宅ワーカーです。
趣味は俳句・デザイン・音楽・手織り。最近ホロスコープの奈落に足を突っ込んでいます。

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