露草・夜の秋

露草

20178j.jpg



露草のかんがへてゐるやうな青

露草の青は、潔癖な青である。
つまり、純血種な青で、それは藍でもなく、紺でもなく、浅葱でもなく、瑠璃ともやや違う、正真正銘の「青」なのだ。
そしてまた「青」というシンプルな漢字の見た目に実にぴったりとくる、飾り気のない、思慮深い色だとも思う。

小さいながら、ドキッとする、神聖な宝石のような青。



露草やひとり帰れば鍵の音



露草や心配事の二つ三つ



露草や我に返れば小さき青



露草や夢でいつでも迷う道






にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ
にほんブログ村






夜の秋



20178k.jpg

本日のBGM → Sinne Eeg Remembering You


ジャズボーカル月へ抜け行く夜の秋

実はこのページ、書きかけというか、エッセイの部分は後から書き込むつもりで、途上だったのだが、なにか手違いで、アップしてしまい、今慌てて書き足した。 ・・・スミマセン。

「夜の秋」という季語は、俳句をやらない人が聞いたら、実に奇異に聞こえるのだろう。
昔私が「夜の秋」と口にしたら、それを聞いていた母が、「あなた、それはおかしいでしょ、秋の夜でしょ」って、まことしやかに諭すように言うものだから、おかしかった。
でも考えてみれば、知らなければ、耳にした時に「海の波」が「波の海」となってしまったのと似たような、納まりの悪さがあるのかもしれない。

「夜の秋」とはご存知のように、昼はまだまだ蒸し暑いのに、夜になってグッと温度が急降下し、いかにも秋にでもなったかのように涼しい夜のことを言う。
避暑地などで、日中は暑くとも夜には羽織るものが欲しいくらいに涼しくなる、そんな夜も含むだろう。

熱帯夜は寝苦しく、何度も目が覚めてしまうし、暑い時は生活の諸々をやるだけでもう精いっぱい、それがこうした涼しい夜になると、急に音楽を聴きたくなったり、本を読みたくなったり、感傷的になったりするから不思議である。

しかしその前段階として、ぐっと疲れが出るのである。
体調が悪くなったり、関節が痛かったり、何もやる気が出なかったり、それをまず通り越して、こういうゆとりのある状態になってくるのだ。

「夜の秋」とはまあ、よく言ったもので、そういう夜は沢山ある。

「秋の夜」ほどには深くなく、空間もまだまだ整然とした雰囲気にはなっていない。
しかし「夏の夜」に比べたら、全く異質な「夜」である。

夏の夜には、なんであれ、脳の中で密集して動きの取れないもの達が、少しお互いの間にわずかな距離を持ち始める。
そのおかげで、脳の中で、なんとかゆっくりとそれらが動き始めることができるのだ。

それらのものが、ゆったりとしたジャズボーカルなどに乗って、しみじみと通り過ぎてゆく。
ぼんやりと思い出したり、考えたりすることが、ひとつひとつ、よく見えてきて、とりあえずその果実のようなものの味がわかるようになる。

そんな感じである。
やっと生きた心地がする、そう思う。



夜の秋今いるひとといないひと



ヘッドライト雨に流れて夜の秋



思い出す言葉短き夜の秋



水滴の間が空いてくる夜の秋









ランキング始めました。

応援お願いします。
にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ
にほんブログ村


スポンサーサイト

コメント

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

Re: No title

コメントありがとうございます。
遅く帰宅した上、書きかけの状態だったブログを間違えてアップしてしまっていて、大慌てで書き足してアップし直したりしていたため、せっかくいただいていたコメントに気が付くのが遅くなりました。

読んでいただけて嬉しいですし、コメントいただけて嬉しいです。
皆さんなかなかコメントはくださらない。
あなたが最初の方なんです。

これに懲りずにまたコメントください。
ありがとうございました。

非公開コメント

お知らせ

いつもご訪問頂きありがとうございます。 「俳句とエッセイ時々音楽」のブログ名を、「A Cup of俳句」に改名させていただきます。宜しくお願いいたします。

プロフィール

ネコヤナギ

Author:ネコヤナギ
俳句は一行詩。コンパクトな宇宙です。それと日々出会う物・事を気ままに綴り、ジャンルにこだわらない音楽のことも少し。俳句は1994年から書き溜めていたものを2017年1月から遡ってまとめました。
50代後半、双子座・A型・主婦兼グラフィックデザイナー。在宅ワーカーです。
趣味は俳句・デザイン・音楽・手織り。最近ホロスコープの奈落に足を突っ込んでいます。

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR