寒波

寒波


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本日のBGM/Sting - When We Dance


棒の如寒波の夜をひた歩く



吐く息の生き物めいて大寒波



大寒波星座緊りて揺るがざる



大寒波去らずシンクを洗い上げ



無生物の匂いしている大寒波



大寒波高層ビルの下急ぐ


今年の1月の寒波は凄かった。
まだ過去形にするのもなんだけれども、正月初っ端から、外出をするのを、毎日やっぱりやめよう、と挫けてとうとう三が日家にいた。

去年の1月にも寒波が来て、そのことはやはりブログに書いてあるが、短かった。
その長さが、今年はスケールが違っている。来る日も来る日も寒波、寒波。間にちょっと和らいだ日は、数えるほどだった。

先日仕事で夜、人に会わなくてはならず、帰りにタクシーを使った。

車が滑り出すや否や運転手が言う。「さーむいですねー!」
「ホントですね」
「いやー、でもまあ、私達が子供の頃なんかも、寒かったもんですよ。その辺凍ってたし、手は皸だらけだったし、痛くてねー! ああ、でもお客さんとは世代が違うから、分からないかもしれないなー」だって!

心の中で「ヤッター!」
見たところ運転手は多分同世代。
夜目遠目傘のうちとは言うけれど、夜間後部座席もそのうちかぁ。

「いーえ、私が小さい頃もそうでしたよ。皸もできましたよ。小学生の時なんか、服一杯重ね着してて、友達と、『今日、何枚着てるかー?
っていうのが、遊びみたいなもんでね。5枚とか、普通に着てましたよ。」

「お客さんいくつ」信号で止まって運転手がちょっと振り返る。
見なくていいから、夜目遠目夜間後部座席だよ、と思いつつ、昔のことを考える。

確かに昔も寒かった。
でも考えてみると、住宅事情が今よりずっと厳しかった。サッシなんてのは、まだまだそんなにお目にかからなかった。障子や、ガタガタいってるガラス戸の枠は木だったし、雨戸も木製。隙間風は普通だった。練炭火鉢や石油ストーブが主な暖房器具だ。

それにダウンコートなんてものは無いから、とにかく沢山重ねて着ていたなあ。玉葱みたいに。
人間側の生活水準ってものがそもそも違う。

「夏は猛暑、冬は大寒波、春と秋は年々短くなり、これでこの先一体、どうなっていくんでしょうねー」と私が言うと、「未来の心配なら、少子化の方が、心配ですよ!」と運転手。
「どんどん国民が減っちゃうんだからね、税金払うもんがどんどん少なくなって、年金なんかだって、成り立たなくなっちゃう」

そりゃ少子化だって、深刻だ。
でもねー、大自然の営みの人為的な力の全く及ばぬ恐ろしさには、適わないのではないだろうか。

この大寒波の原因は、太平洋赤道付近の海水の水温が平年より低い状態が続く、「ラニーニャ現象」だという。
水温が平年より高い状態が続くのが、「エルニーニョ現象」だ。
いずれにしても、これらの現象が起きた年は、気温が異常に高くなったり、低くなったりするようだが、「ラニーニャ現象」が起きると、偏西風が蛇行するため、夏は猛暑、渇水、冬は寒くなる、と言うのだから、これまた夏が思いやられる。
温室効果ガスとの関連も、諸説色々であるが、このまま温室効果ガスが増え続けると、こういう海水の異常現象の起きる頻度が高くなっていく、とも言われる。

知り合いの息子さん夫婦が、子供はもたない、と言っているそうだが、その理由の一つとして、「地球がこの先どうなるか分からないから」と言っているそうだ。

これを笑えるだろうか。

少子化の問題だって、原因は複数だろう。複数だから、すんなりと解決してゆかない。
またこういう社会現象は、個人の財布の紐と直結しているのではないだろうか。

少子化問題は、少子化以外の問題と深く関わっているのだと思う。

この社会で普通に生きていくには、まとまったお金が必要な項目が多すぎるのだ。
まず住居費の問題、賃貸では老後に貸してもらえなくなるから、どうにかしなくちゃと思う。
で、頑張って住居を購入するが、ローンと固定資産税で生活は締め付けられ、年月が経つと、ある時ドカンと雪崩のように、突然修繕費が発生する。さらに現在は売りたい時に売却が難しい問題も加わってきている。
老後の生活も、終身で安心できる施設に入るには、いったいいくらかかることやらー。

学費だって、どう考えても高すぎる。
大学なんて、途中からは、一体週に何時間勉強してるの、って程度で、なんであんなに大枚払わねばならないのだ。

こうした生活の中で、子供を産む選択肢を削る人が増えても、不思議はないし、もとより結婚せずにひとりで生きていった方が良いのでは、という考えも出てくるだろう。
今の若い人達は、何でもシュミレーションしてみるし、電化製品の購入ひとつだって、じっくりネットで口コミを研究してからなんだから、行動を起こす前にあれこれと綿密に考えるのではないか。
あるいは選択以前に、「できない」という場合だってある。

これは夢だけど、
もっと公営住宅が、便利な場所に段階的に色々あったりして、抽選なんかでなく普通に入れて、老後も安心して借りていられて、例えば同じ建物内に、いよいよ自力で生活できなくなった場合のためのケア付き老人ルームなんてものがあったり。
夢ですよ!そりゃ。 でももしそんなだったら、誰もが安心して子供を産む気になるだろうに。

金銭的な問題ではないのでは、と言う向きもあるかもしれない。
しかし金銭的な問題と精神的な問題だって分かれてはいない。
お金を稼ぐことだけでほとんど全ての時間がつぶれたら、精神的な充足感は無くなってしまう。

そこへもってきて、「地球の未来」という懸念まで加わる昨今の事情。

全てのことが、芋づる式に裏で繋がっているのではないだろうか。


運転手に、生まれた年を言うと
「なんだ、同い年じゃないか」。

そして珍しいことに、お金を払う時、半端をおまけしてくれた。

車から降りると、まるで冷蔵庫のチルド室ような、寒気だった。









誰かいるような気がして寒椿



地球の心配家庭の心配布団干す



手袋を脱ぐように自分を始める



冬薔薇の中に畳まれている時間



押し寄せる睡り一気に寒林に



冬服やどこからともなく年を取り



寒月にひとつの額向き合いぬ






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今日の1曲/Maxence Larrieu 「亡き王女のためのパヴァーヌ」


雪降って祈っている屋根また屋根



雪降りぬ何巻もある物語



雪降って言葉の隙間埋めてゆく



雪積むやひと日ひと日のうへへまた



雪降ってゐる過去の中今の中

子供の頃は、雪が降ればそれだけで興奮したんだから、今思えばたいしたものだ。
雪が積もるのが珍しい関東だからということもあるだろう。

雪がやんだら、もうじっとしてなんかいられない。
とにかく外へ行く、とにかく何をしてみたって面白い。

踏んで歩くだけで面白い。
触ってみる、落としてみる、蹴ってみる、齧ってみる、描いてみる、捏ねてみる、投げてみる。
小さな雪だるまはすぐできる。
近所の子供もいる時は、雪合戦のような運びにもなった。

だが、最終的に誰かが言い出す遠大な思い付きは、ほらあれ、「かまくら」というやつである。
雪国の、こんもりと大きな、お家のような、「かまくら」。
中でおやつを食べたり、遊んだりしている絵や写真を見るにつけ、「面白そう」「楽しそう」と憧れに胸躍らせる。

兄と私と弟と二つづつ年の飛んでる三人兄弟だったんだけど、上二人小学生、下幼稚園くらいだったんだろうか、何度かその思い付きにチャレンジしたものだ。

最初の頃の勢いといったら、天まで届くかというような意気込みで始めるのだが、いかんせん子供の体力と持続力では、残念ながらに最後まで志を成し遂げられたためしはなかった。積雪の量からしても、かまくらを作るには心もとない。

最終的には、自分の身長にさえまだまだ届かぬような、雪だるまでさえない、不思議な、無目的な雪のオブジェを原っぱに唐突に残したままに、お腹がすいたり、暗くなってきたりして、帰ってしまうのだった。

しかし長じても、やってることは大して変わらなかったような気がする。
若い頃には、随分とこの途中放棄「かまくら」まがいの事をしていたものだ。

さて還暦も目前というこの頃になってふと考えれば、さすがに少しは前進していることに気が付く。

というか、大人になると時間が圧倒的に少なくなるから、あれこれと「かまくら」を無意味に作り始めることをセーブして、できそうにないことには、初めから手を出さなくなっただけのことかもしれない。

大きなかまくらは、とりあえずひとつ作り終えた。
小規模ではあるが、50代になってから、デザインの仕事ができるようになったこと。

だがこれは、入口だった。

つまり、このかまくらは、入ってみると、「トンネル」になっていて、奥へ奥へと、延々と続いているものだったのだ。
仕事なのだから思えば当たり前なのだが、その先は新たな試練のジャングルだ。

いやいやこれに限らず、きっと私にとっての、あの「かまくら」みたいなものっていうのは、たいがいこういうことになっているに違いないのだ。

「やったー!」「できた!」「やっとここまで来た!」

ゴールだ!と思った、そこからこそが、新たなスタートラインになっているのだ。







寒菊や一度決めたらかヘりみず



山眠る海空眠る人眠る



枯木立あるく速度でかんがえる



寒の星小さな予感的中す



冬の梅プラトニックのままで暮れ



寒月や待っていたらば湧かぬお湯



寒燈の鏡にありぬ夜半かな



蜜柑剝くあの一言を思い出す



昔から我を知ってる冬木かな







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冬アラモード2

冬アラモード2

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本日のBGM/Richie Beirach , Lost in the stars , Jazz Adagio


涙腺のゆるむ電話にシクラメン



地平まで続く無言や寒の雨




冬の雨忘却に靴漬けている



前世の話していて冬林檎


息子がいきなり前世を思い出した人の話を始めた。
ネットで仕入れた話なのだろう。
それなりに面白い話ではあったが、とんと実感が湧いてこないのだ。

なんてったって、ここのところ、日常的な記憶回路の働きが、本格的にいけなくなってきている。
洗濯物を干し終わったと思っている。
そして他の家事、洗い物や部屋の片付けをしている。
片付けをしているので、洗濯機の前も通り過ぎる。

と、「ナヌ?」
何と洗濯物が、まだ全部干し終わっていないではないか。!!

何かをしている最中に、ふとした思い付きで違うことが始まってしまう。
それはいいとして、前にやっていたことが途中になったまんま、その記憶がぶつっとぶつ切りになっているのだ。

前世の記憶どころではない。
今生の記憶が危険にさらされているのだ。

年末年始に多忙を極めた後、どうもその程度が度を越し始めたような気がする。

若い時は、疲れというものが、一過性で済んだのだろう。
年を取ると、それが深いところへ落とし込まれて、何か根本的な影響を及ぼしてしまうのかもしれない。

我ながら一番唖然としたのは、まだ正月明けそこそこだったのだが、歳時記を読んでいて、さっきから手元で飲んでいたマグカップのコーヒーが半分冷たくなっていたので、もう一度レンジで温めてから飲もうと思った時のことだ。

確かにその時、色んな事を一緒くたに考えたり、息子に何か話しかけられて答えたり、複数の事が私の脳裏で同時進行はしていたんだけれど。 でも・・・でも・・・。

私がレンジに入れようとして、その前まで持って行ったものは、

なんと歳時記だったのだ!







思い出し笑いしていて寒雀



枯木立一つの曲を繰り返す



新しき頁眩しく寒晴れぬ



寒菊や意味無き日々もみっしりと



沢庵の最初冷たく冬晴れぬ



抗えぬことのいくつか冬の梅



山茶花やひとっこひとりいない昼



寒林の影の中我が影帰る



逃げる夢ふと思い出す冬薔薇



靴音のそのまま登り冬銀河


ある夜窓を閉めようとしたついでに、冬の星座を確かめていると、突然、甲高いハイ・ヒールの音が聞こえてきた。
下の表通りを、こんな夜更けに女の人がひとり、帰宅する最中なのだろう。
その音の、夜道に響くこと、響くこと、「カン・カン・カン・カン」
まるで金属の打楽器のように、硬く凍てついた音が、寒さの中で尚一層、際立っている。
その憚らぬ歩きぶりは、自分でもその歯切れのよい音を楽しんでいるとしか思えない。

音というのは、建物に反射すると、思いがけぬ方向から聞こえるように、人を混乱させるものだ。
凍り付くような寒の街で、あちらの建物、こちらの建物に、その靴音は思いっきり反射するものだから、一体どっちから聞こえてきて、どっちへ消えてゆくのか、皆目見当がつかない。
万華鏡の中に迷い込んだようなハイ・ヒールの音。

おまけに私の視野は真っ直ぐに星空だけを見ていたから、その鋭く金属的な靴音が、どう考えても、硝子のように凍てて煌めく、その星空から聞こえてくるようにしか思えなかった。
星とハイ・ヒールの靴音が、ひとつもののように、硬質な煌めきを持っていたからだ。

寒の夜道を足早に歩いていたその女性が、いつの間にか冬の星座の散らばっている夜空に登って、ぐるーっと、オリオン座やおおいぬ座のシリウスなんかの上を、嬉しそうに闊歩している。

彼女が近づいてゆくと、ペテルギウスは柘榴のように、赤々と煌めく。
おうし座の昴はより柔らかく、さざ波の如く瞬く。

「カン・カン・カン・カン」「カン・カン・カン」

眠りにつこうとしても、あの楽しそうな靴音が、耳についてなかなか離れなかった。







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冬アラモード1

冬アラモード1

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本日のBGM/Simone Kopmajer - Home 


冬帽の下より遥かなものを見る



言いにくい言葉マフラー通り抜け



こころまた色褪せやすく冬の雨



毛糸編む妻になったり親になったり



寒の月後ろにも目があるやうな



帰り花時間の帯は戻らない



枯園に愛の言葉を失へり



まだ家事が残ってをりぬ冬燈し



寒燈の湯舟に揺れて揺れやまず



水鳥の増ゆる如くに睡りくる



今という座標動かず寒の星



寒月やバッグに青い手帖あり


普通手帖やカレンダーは暮に買うものだろう。
しかし、いつもそのつもりでいるにもかかわらず、年末年始の一人駅伝のような有様で、結局そういうことは年明けになってから、しかも正月が終わって、家族が外界に出るようになってから、やっとゆっくりと品定めに行くことができる。

大分前のことになるが、子供が小さなころには、自分の手帖は薄かった。小さかった。
PTAのことくらいしか日をたがえられぬ用事はなかったし、立派なものを買い込んだところで、白々と終わってしまうことを思うと、いかにももったいなかったのだ。
それはまた、雑用ばかりで終わってしまう日月の、虚しい証明のようでもあり、寂しかった。

しかし、年が経つにつれ、手帖はやや厚く、大きめなものになっていった。
理由は三つつあり、ひとつは小規模でも自分の仕事を得たことと、それからもう一つは、頭の中にインプットされた情報が、早目早目に行方不明になってしまうようになったからだ。
つまりは書きこむスペースをより多く必要とするようになったということである。
もう一つは、パソコンを長時間注視する仕事ゆえに、老眼の度の進みが年齢的な平均よりずっと早く、小さな面積に書き込むことが苦痛であること。
これらの事情から、大きめの、少し厚めのものを買うようになった。

毎年柄で大いに迷う。
仮にもデザインを仕事にしているからには、出来れば無地でなく、気の利いた「なにか」がデザインに、欲しい。

ところがこれがなかなか難しい。気に入るものは中々見つからない。
派手派手しい柄物は嫌だが、きらりとミニマムな「なにか」があるもの。
すると、去年と同じになってしまう。
それの色違いだって、一昨年に使用済みだ。

小一時間も手帖売り場に立っていて、結局妥協できる柄物は無かったので、しぶしぶ無地のものにすることに考えを変えた。

手帖の大きさ、軽さ、書き込めるフリースペースの分量などで熟慮した結果、私の最終選考に残ったのは、柿のようなオレンジ色と、冬茜の藍から茜色へのグラデーションの中から持って来たようなような藍色。
それも張り詰めたようなピークの「紺碧」というような鮮やかな色味ではなく、峠を越していよいよ暮れてゆく、ややグレイッシュな落ち着いた冬の夕空の色。

いかにも冬の「青」だ。

私は迷った。
「今年はいい年にしたい」「今年はいいことがありますよう」
誰もが思うように、思った。

去年はさんざん思いがけないことがあって、ほとほと疲労困憊した。
であれば余計に縁起を担ぎたいものだ。

それなら、柿のようなオレンジ色が、「ぱっとして」いるじゃあないか。
暖色系のなかでは、赤やピンク、ワインレッドなどに比べたら、少しスポーティーなイメージがあって、嫌いではない。
それにやや抑えた色味のオレンジだから、明るいけれど派手派手しさは感じない。
「新しい、いいことが起きますように」「新しい仕事が開けていきますように」
そんな風に考えると、
いかにもこちらのオレンジ色の方が、明るい運勢を連れてくるように思えてくる。

一方藍色の方は、まさに自分らしいような色、と言うべきか。
夕暮れの空が、やがて隠していた星々の煌めきをあらわにする程に暗くなる、その一歩手前の藍色。
この色を見ている時に、どんな幽かな「抵抗」も「興奮」も、自分の中に起きないような。
意識しているわけではないのに、クローゼットを開ければ、黒、グレー、ベージュなどの基本色以外は、様々なトーンの青や紺色の服しか、入っていない。
言うなれば自分の「Home」のような色なのだ。

迷った挙句、私は縁起の良さそうな柿色の手帖を手に取り、レジの方へ行きかけた。

しかし何かが、その足を止めた。

突然私は思ったのだ。 何の前触れも無く。

「自分らしくいたい」。






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寒・寒晴れ

寒・寒晴れ

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本日の1曲/Yo-Yo Ma, Chris Botti - My Favorite Things



寒晴れに骨まで照らされてをりぬ



寒晴れや自分に嘘をついていて



寒晴れに吹奏楽団通り過ぐ



非常階段降りて眠りぬ寒の夜



寒切り分けてひとりゆく夜道かな



戻れない戻らない寒の道



瞬きもせずにひと夜を寒の月



身ほとりに争いばかり山茶花散る



割り切れぬままに白菜割っている



吉という字のなる如し実南天



身の重さ身で持ち上げて冬暁



水仙香毛細血管透明に



加湿器の煙真っ直ぐ松の内



コート着る我の影着る如く



コートを買いたいと思っている。
今持っているどのコートでも、夜帰宅するおりに、寒いのだ。
もう少し厚手のウールか、やっぱりダウンか。

しかしダウンも、姫達磨みたいになっちゃうしなあ。
今はそうならないようなおしゃれなダウンも色々研究されてはいるが、ウェストをシェイプすればしたで、お腹のぱちぱちぶりが却って目立つし、太って見えないような薄手のダウンじゃもとから意味無いし。

どの店に入ってみても、中々探しているようなコートは無い。

この「寒」に対抗できるほど厚手ならば、ふくよかに見えないというのは、よほど研究されつくしたものでなければ無理と言うものだ。尚且つお値段もこなれてなければというのだから、「要求が高すぎる」のだ。

それから、探しているのは、「私らしい」コートだというのだから、これまた中々にあるものではない。

着てみる、鏡の前に立つ、その時に、まるで前から着ていたような、しっくりいく感じ。
これまた中々あるものではない。「要求が高すぎる」のだ。

普通の服だったら、ここまで要求は厳しくない、のだ。
「普通の服」というのは、セーターやトレーナーやスカートやワイドパンツなどのことであるが、これらは言うなれば取り換えのきくエキストラようなものだ。

しかしコートというのは、少し次元が違う。

それは私の代名詞のような服で、私がコートを着ると、コートは私を守ってくれる。

どんな風に守るのか、寒さから守ってくれるだけではない。
コートを着ると、コートは私が持っている悲しみや戸惑いや落胆や苛立ちを、それとなく包み込んでくれるような気がする。

これはきっと、悲しみや落胆や苛立ちが、体に溜まっているからなのだろう。
厳しい寒の外気から私の体を包み込んでくれる時、心の中の負の要素達をも、ふわりと包んでくれるような気持ちになるのだ。

それは「悲しみ」や「落胆」は心であり、体とは違うと思っている、そういう考え方はすでに野暮で、実は心と体はひとつものなのだという、そういったことを如実にに物語っているのだと思う。

だって、そりゃそうだ。

身体が無くなれば、心だって無くなってしまう。
何かがもし残るのだとしたら、それは「個」と言う状態を超えているのではないだろうか。

コートは寒さから私を守ると同時に、同じ温度と仕草で、私の「個」を守ってくれる。
コートは様々な荷を持った、人々の「個」を包んでいる。

だからコートは大人に似合うのかもしれない。






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初春・去年今年

初春・去年今年


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本日の1曲/千住真理子 「主よ、人の望みの喜びよ」J. S. バッハ



初春のまだ知らぬ我がどこかに



初春やいつも通らぬ道を行く



去年今年貫く特急列車かな



少しづつ変わる景色も去年今年



ワイングラスの中のキッチン去年今年

なんだかんだ言っても、主婦の年末年始は、キッチンに終わり、キッチンに始まる。
年末一週間は掃除に明け、掃除に暮れ、普段放棄をしている箇所が多いので、当然その報いは大きく、体力の減少も相まって、それはもう意志の力をフル活用しなくてはならない。
大体が、大まかな計画を立てても、やっているうちにどんどん新たな良からぬ発見があり、やらねばならぬ場所が増えてゆく。
また、例えば食器棚の中のように、ここはなんとか目をつむって行き過ぎてしまおう、と思っていたのに、いざとなると、「むらっ」といらぬやる気が芽を出して、手をつけてしまったら、もう最後までやるしかない。

そんなだから、今年はスムーズに行くだろうなどと高を括っていたものが、結局後へ、後へと押してゆき、簡単なお節料理を作る時間は、結局大晦日の深夜になだれ込む。
10時半頃から、大根なますを作り始めるが、家族がかなりの分量を食べるので、大根1本半くらいは使う。
しかも自慢じゃないが手先は滅法不器用なので、大根の細切りを満足のゆくように切り終わるには、相当時間がかかってしまう。
しかし不器用な自分に対して、拮抗するように、堅牢な意志も出そうと思えば出るので、なんとか家族が満足するだけの大根の細切りは、無事に出来上がる。

人参も混ぜ、甘酢に漬け、柚子の細切りを入れる。
うちのなますは塩をしない。いってみれば「フレッシュサラダなます」だ。
その方がお節料理の中で、ちょっと歯ごたえや爽やかさが異色で家族に喜ばれるし、塩分という観点からしても、健康的だ。

そうこうするうち、年が明けそうになる前に、年越しそばを作って、慌ただしく食べる。

最近近くにお寺さんが無くなり、風向きによっては、除夜の鐘の音も聴こえなくなってしまった。
一日フル労働していたために、疲労困憊した状態で、「あー、そろそろカウントダウンしているねー」などとさしたる感激も無く年明けを迎え、結局炒り鳥ときんとんを作るのは、新年になってからという有様だ。

だから、私にとって、年末は「駅伝マラソン」のような過酷な毎日なのであるが、この駅伝は、バトンを渡す次のランナーが、他ならぬ自分であるということが、最も過酷であることの所以なのだ。

そして朝4時頃やっと寝床につき、「ああ、今年も何とか終わったー!」などと思いきや、そうでもなく、次の元旦の朝は、これはこれでパン食の朝食に比べたら、雑煮を作りながら、お節を非日常的なディスプレイでセッティングしなければならない、という激務が待っている。

そしてやっと、食事を始める、この時初めてまずはほっとする。
やれお餅が焼けたか、白髪ネギは何処だとか、柚子を入れたかとか、お茶も欲しいとか、スプーンをとってとか、こういう細かな期待に応えながらも、もうここまで来れば大きな山は越している、という気持ちになっている。

お屠蘇のワイングラスに、後ろのキッチンが映り込んでいるのを、実に満足して、見る。

ここまでしなくてもいい、或いはしたくない、という気持ちももちろんあって、思案もするところなのだが、去年私は、ある理由で年末年始の家事を全くやれなかったのだが、そうしたら、正月というものが、非常に希薄で、殆ど無かったのだ。

私は驚いた。正月というのは、やることのいかんに拘わらず、「元からある」ものだと思っていたからだ。

確かに世間一般には、普通「正月」というのは、元から、厳然としてあるのかもしれない。
しかし私にとって、正月と言うのは、大きな一括りの、抽象的なものではないのだ、ということが、しみじみとわかったのだ。

私は私を、家族思いの良き主婦だなんて、微塵も思っていない。
主婦として生きるには、最も不向きな女なのではないかと思っている。
その証拠に、何十年ぶりかで会った若い時の友人が、何度も言ったものだ。
「結婚、しないかと思ったよー」「子供産まないと、思ったよー」・・ハイハイ。

でもそんな私の不器用な手が意志の力に引っ張られ、辛抱強く切り続ける大根なますとともに、「正月」がやって来る。
小さかった息子が喜ぶから、バターと牛乳でサツマイモを煮るのが定番になった洋風きんとんとともに、「正月」はやって来る。

いつも放棄しているがために、余計に感動する、磨かれた窓ガラスから迫って来る風景とともに、「正月」はやって来る。

玄関や窓辺に飾る、ささやかな千両や水仙の周りの淑気から、「正月」はやって来る。

「神は細部に宿る」じゃないけれど、こうした小さな生活の片鱗ともに、確かにそこには大きな正月、というものの気配が、立ち現れてくる。

「自分でやったこと」の集積が、正月となって、自分に返ってくるのだということを、私は知ったのだ。




葉牡丹や自堕落を許してをりぬ



破魔弓をひとりで持ちて向かい風



水仙や水に乱れている光



悲しめば悲しみ終わる寒の星



寒星や遠きもの何故懐かしく



煎餅の音立てている初日かな








明けましておめでとうございます。
本年もまた、どうぞよろしくお願いいたします。






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お知らせ

いつもご訪問頂きありがとうございます。 「俳句とエッセイ時々音楽」のブログ名を、「A Cup of俳句」に改名させていただきます。宜しくお願いいたします。

プロフィール

ネコヤナギ

Author:ネコヤナギ
俳句は一行詩。コンパクトな宇宙です。それと日々出会う物・事を気ままに綴り、ジャンルにこだわらない音楽のことも少し。俳句は1994年から書き溜めていたものを2017年1月から遡ってまとめました。
60代突入・主婦時々グラフィックデザイナー。在宅ワーカーです。
趣味は俳句・ガーデニング・音楽・デザイン。

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