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冬の雲

冬の雲

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今日の1曲/Blue Mitchell / When I Fall in Love




冬雲を映して過ぎぬバスの窓



冬雲の散りて金剛力士像



冬雲を追えば鳥影ひとつあり



昼月を残して流れ冬の雲



冬雲や帽子目深に被りゆく



冬の雲人付き合いは苦手なり

「冬の雲」とひと言で言ったって、ピンからキリまである。
どちらかと言うと、写真のような雲ではなく、もう少し暗めの、どんよりとしたものの方を、真っ先に想像するのではないだろうか。だが、空が殆ど見えないとくれば、それは「冬曇り」という季語の方が相応しいということになる。

また、写真のように、冬晴れの日の、縁が銀色に輝いているような明暗のコントラストの高い雲もまた、冬独特の風物詩だ。
空気中の水蒸気が少なく、乾燥しているところへ、オゾン層の破壊もあって、昨今の冬の日差しは、射るように鋭い。
冬晴れの日の雲たちは、晴れやかで、力強く、堂々としている。

今回の俳句の中では、「帽子」と「人付き合い」の句が、どんより冬雲のイメージで詠んでいて、他のものは、今日見た派手な冬の雲のイメージで詠んだ。でも「鳥影」の句は、どちらでもいけるイメージだ。

それにしても、「季語」というやつは、強引というか、アバウトというか、間口の広いものである。

どんよりとした冬の雲、晴れやかで豪奢な冬の雲、はんなりと薄い冬の雲、ぽっかりと呑気な冬の雲、あらゆる「冬の雲」を内包していて、その句その句によって、季語以外の部分を読んで想像するわけだ。

それを言ったら、「冬の空」「冬の夜」「冬の朝」「冬の雨」「冬の海」「冬の山」など、もう切りがないと言ってもいい。

しかしこの恐ろしい程の簡略化、この単純化が、それゆえにシンボリックな働きをするのではないだろうか。

似たようなことを前にも書いたのだが、対照性が分かりやすいので小説と比べると、小説の場合、読むものは自分の中の過去の体験の蓄積を参照しながらも、書き手の描いた世界のディティールの中へ、時間をかけて、じっくりと入り込んでゆく。
これがまた小説を読むことの醍醐味でもあろう。

しかし、「俳句」という世界で一番短い詩は、殆どの場合、それを読む者の過去の人生の中から、「ああ、これは分かる」「ああ、この感じ」「これは何処かで知っている」というような、「既視感」を呼び起こすのではないだろうか。

「季語」というもののシンボリックな働きによって、それが一種のフックのように、読む者の経験の方から、自分なりの、「冬の雲」や「冬の空」を記憶の中から吊り上げる。

それは、もしかしたらその句の詠み手の思い浮かべていた「冬の雲」とは、かなり違うものかもしれない。
だが、そこは俳句の懐の深さで、読み手の自由を許す広い空間を持っている。

小説の世界からすると、読み手の過去の経験を生かすパーセンテージが高いということだ。

ここが俳句の面白さだと思うのだ。

小説は書き手の構築した緻密な世界の方へ、読み手が大きく移動していかなくてはならない。
しかし「俳句」というものの、「季語」というものの、ミニマムでシンボリックな性質が、逆に読み手の人生の方へ大きく流れ込み、詠み手と読み手の経験が合流する。

こんなにも短い詩形が、そんな自由な大きな空間を、持っている、そのことが、時々不思議になるのである。






寄せ鍋やあれやこれやとあった年



花八手言わねばならぬことは言う



冬薔薇言ってはならぬことを言う



冷たくて甘き孤独を蜜柑かな



湯上りの湿疹痒し冬銀河



冬灯さっき見ていた夢の底



我が窓もまた寒燈のひとつかな







いよいよ今年もあとわずかな日を残すばかりとなりました。
5日ごとに更新していたのが、今は6日ごとになり、仕事が忙しいと7日になったり、色々なのですが、いつも見に来ていただいている皆様のおかげで、励みとなり、続けることができました。
来年もまた、どうぞよろしくお願いいたします。

良いお年をお迎えください。平和で明るい年でありますように。






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クリスマス・聖夜

本日の1曲/Lauren Daigle - Silent Night

聖歌隊の透明なソプラノのSilent Nightもいいけれど、掠れた声をそのままに、誰かのお母さんやお姉さんが、ひとりでお料理しながらふっと口ずさんでいるような、こんな飾らない声のSilennt Nightもいい。


クリスマス・聖夜



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まだ何か信じていた頃聖夜かな



行く人の荷物多くて聖夜かな



この頃はあるかなきかの聖夜かな



夢という重労働をクリスマス

日本のクリスマスについては、色々な言い分があろう。
支柱となる宗教的な裏付けも無いのに、戦後欧米のムードだけを無思想に受け入れたとか、商魂逞しい高度成長期の仕掛人達にまんまと乗せられて定着してしまったとか。

確かに日本のクリスマスは、飾りつけひとつとっても、安っぽい。
全体的に見て、とにかく安っぽいイメージがある。
欧米のクリスマスは宗教的な裏付けがあるから、とにかくもっと厳かなものが、核となる部分にはあるだろう。

とは言え、歴史的にみれば俄作りのイベントであっても、大事なひとにプレゼントをし、子供たちはその日を指折り数えて待ち、多忙な人々が平和と愛情にしばし注意を向けるというだけでも、それはそれで価値のあるものなのではないか。

自分は子供の頃、教会に行っていた。
いわゆる「日曜学校」というやつで、幼稚園にあった教会に、そのまま小学校へ入っても、日曜日に通っていたのだ。
何故行っていたはよく覚えていない。一種の成り行きみたいなもので、通っていたのだろう。

自我というものが芽生えて批判精神が首をもたげてくるとともに、やめてしまったが、子供の頃は、何一つわからずとも、宗教的な雰囲気というか、教会の聖堂に漂っている、厳かで静かな深い沈黙のようなものを、体中で吸収していた。
それは子供心に、青空や木漏れ日が深くいきいきと刻み込まれるのと一緒で、そこに「ある」ものを、スポンジが水を含むように、ストレートに吸収してしまうのだ。

讃美歌の朴訥なメロディと、オルガンの響き、行けば毎週もらえるキリストの言葉が一つ書かれた、綺麗な絵のカード、そこでは憂いに満ちた長髪のキリストや美しいマリアが、襞のたっぷりある演劇的な服を纏って、天を仰いでいる。

少女というのは、憧れを食べて生きている。
憧れと言うのは、未知への郷愁だ。

日本で宗教と言えばお坊さんの黒い袈裟や、ハナマルキの小僧さん、既にあるそういったイメージ達に比べたら、雲泥の差でロマンチックなのだった。

そしてクリスマスイブには、「クリスマス会」というお楽しみ会があった。

教会での礼拝の後、幼稚園の教室で、讃美歌を歌ったり、キリストの生誕劇を子供たちがやったり、他愛ないことしかしないのだが、子供の頃というのは、夜ひとりでは外出できないから、こういう「特別な日」は、理屈抜きでどきどきするのだった。
送ってもらって、そして会が引ける頃迎えに来てもらう。

そういう日は、冬の一番いい服、紺か黒の、ビロードのワンピースを着て行けて、とにかくそのビロード、というのが素晴らしいのだ。
ビロードの服、ビロードの針刺し、ビロードの小さなバッグ、ビロードにはうっとりするような手触りがあった。
その光をすべて吸収してしまうような深い色合いが、とても神秘的な感じがした。
まだどこかに、卓袱台や練炭火鉢のある生活だったから、余計にそういうものに、憧れがあったのだろう。

そして、くじを引いて、何かひとつ小さなプレゼントをもらって帰宅するのだが、それは大抵、後で考えると大したものではなかった。
大人が化粧台の前に置く、小さなトレーとか、壺だか花瓶だか、そんなもので、とにかく何故だか子供が喜ぶようなものでは無かったにもかかわらず、縁日の玩具と一緒で、なんだかそのわけのわからないものが、神々しく、大事に持って帰ったものだ。

しかし大人になって、子供を持ってから、クリスマスとは大変な労働をする日なのだということが、判明した。

いつもの家事の他に、買い物に行って、チキンやケーキの行列に加わり、草臥れて帰ったあとに、その他の料理を色々作り、さてお腹いっぱいになったらプレゼント交換、そのあとまた暫くして、ケーキとお茶の支度、全て終わって深夜には、非日常的な数の洗い物が待っている。
今思えば、若かったのだけれども、それでも本当にクタクタになったものだ。
誰かを喜ばせたり、自分も素晴らしい思いをするということは、物凄く「疲れる」ことなのだということを、大人になると身をもって知ることになる。

それでも、今でも思い出すのは、その日子供が寝た後、その寝顔の安らかだったこと、可愛かったこと。

そばに立っていたクリスマス・ツリーの豆電球が音も無くそっと点滅していて、寝顔の静けさとその無音のしんみりした輝きが、完全に同質のものだと感じたこと。
まさに「
Silent Night 」。

そしてツリーそのものが、眠っている子供の夢の化身であるような、そんな気持ちになって、しげしげとツリーを眺めたこと、それを俳句にしたことを。


聖樹立つ眠る子のその夢の如








現状に甘んじている着膨れぬ



洗い物いつも深夜に冬オリオン



身辺に問題多く冬銀河



寒星やひとつ言葉に助けられ



タオルより洗い髪解くシクラメン



駅までをともに凩旧き友



冬の雲夕焼け巻いて歌舞伎かな






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枯木立・寒林

枯木立・寒林

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今日の1曲・Chris Botti - Ave Maria


寒林にあるべく星を探しをり



話まだ続いてゆきぬ枯木立



裸木のむこふは宇宙あるばかり



黙々と人走りゆく枯木立



天心に月いただきぬ枯木立



寒林を抜ける魂のみとなり



枯木立我といふ振り出しに戻る



寒林に一人目覚める夢の中

何と寂しい夢だろう。

しかし夢の中で、目覚めるのだから、それはきっと何かが心のバック・グラウンドで始まっているのかもしれない。

「想像力」という言葉は、なんだか偉そうで、あまり好きではない。
英語は苦手なのだが、「imagination」と言う方が、ずっとぴったりくる。
imagination」の発音の最後の方には、羽が生えている。
真っ白い羽だ。
これが、あちらこちらに飛んでいったり、帰ってきたりするからこそ、人と人とが理解し合えるし、なにか「新しいもの」が創造されてゆくのだと思う。

目の前にあるもののどれ一つをとっても、この「
imagination」無しに登場してきたものはない。

人間の「こうだったらいいな」「ああだったらいいな」という思い付き、羽の生えた「imagination」から、今はまだ無い物が新たに考え出される。
電話、ボールペン、タブレット、キャンドル、加湿器、電気スタンド、インターホン、スリッパ!
部屋の中のどれ一つとして、「
imagination」なしに生み出されたものは無い。

「物」は「心」から生まれてくる。 もっともこれは人間の作った「もの」に限られるけれど。

しかし「
imagination」は両刃の剣のようなもので、厄介な時もある。
これが豊かであるが故に、人は必要以上に苦しんだり、悲しんだりすることもある。
適量でなければ、毒になって体を蝕むのは、薬と一緒だ。

そして、俳句もまた、「
imagination」の翼が大きく広がって作られる「詩」の一種だ。

色々と頭を捻って作っているつもりなのだが、そういう「意識」の世界ではなく、最終的には「無意識」の世界から、壁を越えて、ポーン、とやって来るものだと思う。

実際、後から読んで、何処からやって来たのあんたは?みたいな句の方が絶対良くて、凝りに凝り、考えに考えたものはあまりよくないのだ。(全く推敲しないとか、そういうことではないんだけれど)
だからと言って、いつもポンポンというわけにはいかない。絶対に。
ウーン、ウーンと苦悶しているうちに、気まぐれな神様みたいなものが、「ほれ、苦しんでいるご褒美じゃ!」みたいな感じで、唐突に投げてよこすのだ。

それにしても、以前の自分の句を読んでいて、背筋が寒くなることがある。

それを書いた時の自分の状況、もちろんその状況を隠さずにストレートに詠んでいるものもあるのだが、そうではなく、ただ単純な光景を詠んでいたり、ただ心象風景のようなとりとめのないものを詠んでいたりするつもりのものが、後に俄か精神分析医のような目で読めば、あれもこれも表現しているのは、空ではなく、木ではなく、自分なのだ。

例えば2017年の2月。
わたしはある事情によって、家族と離れて暮らしていた。
何度か諦めていた人間関係の綻びを修復しようと試みた。
けれどもまた同じ結果、失望の中へ逆戻りして、悶々とした気持ちで毎日を送っていた。


立春の底に沈んでいる鏡

立春のひかり傷つく大通り

春寒の前行く人に距離空けて

春寒の実を結ばない空となり

言葉へと落ちぬこころも春寒し

最初の二つは、「立春」という時期の、光ばかりキラキラと立ってきて、寒さは冬のまま、あの痛々しいような感じを詠んだだけだったのだが、そういう角度から見たら、いかにも不安定な自分の状態そのものだった。

そして春寒の夕暮れの路地を、前の人になるべく追いつかぬよう、歩いていたある日の自分を詠んだだけだったのだが、人というもの全体に距離を置きたかった、その時の気持ちが、そういったシーンをチョイスさせたのだ、ということが後からわかる。

「実を結ばない空」と言う表現も、晴れなかった、寒々しい春寒の曇り空の、屈折した感じを表現したつもりだったのだが、人間関係の修復が実らなかった失望が、バックグラウンドにあってこそこの表現を選んだのではないか。

最後の「言葉へと落ちぬこころも春寒し」は、まだまだ寒い初春、ぐんぐん若葉が育つようには言葉も出ない、俳句もやすやす出てこない、そんな悴んだような春寒の不自由な感じを詠んだつもりだったが、これこそは言葉に表現できないような、重たい気持ちを抱えて春寒の只中にいた、そのことの証明以外の何物でもなかったように思えてくる。

「比喩」ということの多重性。外界のものを表現しているつもりが、そうと知らずに内界のものを表現しているのだ。
そしてそこにこそ、俳句がそれを詠む本人をそうと知らずにどこかで癒してくれる、その秘密があるのではないだろうか。

私達は、自分がマイナスな状況にある時、それをストレートに表現することは、なかなか抵抗があって、できない。そういう自分を直視するのが嫌なのだ。なるたけやり過ごしていこうとする。しかし身の回りの森羅万象を表現している時には、そういう防衛線を張ってはいない。

そしていつの間にか、自他の境界線がぼやけた状態の中で、私は私の深層心理を表現し、そのことによって、自分の中の何処かが、少し治癒し、回復していたのではないだろうか。

この一年、色々な問題が犇めいた年だった。人間関係だけではなく、もっと根本的な問題も口を開けてきた。

「俳句が私を支えた」なんて、割り切った言葉にすると、何かが違う。
意識の上で、そんな風にはあんまり思えないのだ。
それほど「力」のあるもののような気はしない。

しかし、俳句を書き続けていくことが、心の広大なバック・グラウンドで、そうと知らずに大気のように私をそっと包み、背後から自分を押していてくれたのではないか。

ぐるりと四季を巡り、混迷の中にいた私をとりあえず、前に、前に、そっと押してくれて、ふっと気付けば今があるような、そんな感じがするのである。






専門書買えば重たき冬の空



冬薔薇鏡の中にしか棲めず



寒菊の花弁冷たく迷い無く



寒菊のわかり合えずに束ねられ



唇が切れている冬夕焼け



冬の朝遠くに数式ある如く








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冬茜・冬夕焼け

冬茜・冬夕焼け


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本日のBGM/Diana Krall - Christmas Time Is Here


憧れといふもの忘れ冬夕焼け



重き荷の手を替え歩く冬茜



冬茜一番下にある気持ち



愛深くなれば終わりぬ冬茜



牛乳で伸ばすカレーや冬の朝



手袋を外し本音を洩らしをり



冬の雨記憶の底よりヴェルレーヌ

「巷に雨の降る如く わが心にも雨のふる」
堀口大学訳のヴェルレーヌの詩の一節を、ある方のブログを読んで、思い出した。
それは深い地層の奥に眠っていた自分の青春の始まりの、微かな稲妻のような、一節だった。

言葉というものの不思議。

この短い詩の冒頭の一節が、どれだけの人の心に、雨のようにしみ込んでいったものか。
その短い一節が絡め取り、抱擁してくれたのは、どんな人の、どんな思いだったのだろう。

格別ヴェルレーヌに心酔しているわけではなかった。
中原中也や萩原朔太郎をよく読んでいたような時期だったと思う。吉原幸子も読んでいたなあ。

そののち、ポール・エリュアールを発見してからというもの、山崎栄治訳の「エリュアール詩集」がその後長い間、詩というジャンルでの、私のバイブルになった。

それにもかかわらず、このヴェルレーヌの一節は、頑なな岩石に沁み通る雨のように、静かに私の心に降ってきて、長い間、記憶の底に眠っていた。

心のどこかに麻酔をかけるような、一節。

言葉が絡めとるものは、まだモヤモヤとしている自分だ。
そしてまた、言葉というものがなかったら、私達は様々な気持ちを、共有することは不可能だ。
毎日意識もせずに、湯水のように使っている言葉の、なんと大きな力だろう。

私が文章を書くのが好きなのは、まだ知らない自分に会えるからだ。

全然知らないわけではない、でもなんだかぼんやりと曇って、焦点の合わない眼鏡で見たような自分。

あったことを書くのが好きなわけではない。いや、勿論あったことも書くのだけれど。
それよりももっと大事なのは、書いているうちに、どんどん弾みがついてきて、思わぬような成り行きになってくる!
しかしこの思わぬような成り行きこそが大切で、書き終わって読んでみると、いかにも、腑に落ちる。

「そうだったんだ!」「そういうことか」

論理的に自分のことがわかって来るというわけではなく、もう一回り大きな、何かがわかって来るのである。

だからなるべく、事前にどう書こうかなんて考えず、用意せず、ただPCの前に座り込んで、いきなりの思い付きを一番大事に、書くようにしている。




山茶花やネットスーパーの荷が届く



ポインセチア人といふものに疲れる



寒月に我の足音のみとなり



寒月の裸の光浴びている

少し前の夜、息子が「月がスゴイ」と言って、窓を開けた。
ツイッターで、「今夜はスーパームーン」と言って、騒がれているのだそうだ。
「どれどれ」とベランダに出るや、それはもう確かに「凄い」月だった。

「スーパームーン」という名称を笑う気持ちがあったのだが、そのいかにもとっかかりの無い、あっけらかんとした言葉の響きに、その月はまさにぴったりだったのだ。

「煌々と」とか「孤高の」とかの、情緒的な表現では、もう間に合わなかった。

取りつく島の無い、有無を言わせぬ、すっぱりと直線的で、月にあるまじき明るさだった。

ふと見れば、ベランダの手すりの影がくっきりと、影になっている。

月を愛でる習慣は、日本独自のものらしく、欧米などでは、月は不吉なものとして、あまり歓迎されたものではないらしい。
しかしこの凄まじい月光は、不吉どころか浴びると身が清められるような気持ちになる。
だって、不吉なものを払い除けてくれるものは、どの道ちょっと怖いようなものではないか。

月を愛でる国で、良かったなあ。









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師走・極月

師走・極月

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今日の1曲/Blue Mitchell Quartet - I'll Close My Eyes




交差点師走とともに流れゆく



極月のシンクの水の速さかな



解散のあと肩寒き師走かな



極月やコンセントいつでも足らず



似たような喜怒哀楽を経て師走



電車窓我は年取る師走なり



極月の月に眠りは水平線



ビル街の青空矩形極月へ



ATMの列に我足す師走かな



極月の雑居ビルの如き我かも

師走・極月、同じ12月の名称であっても、随分と印象が違う言葉である。
どちらにしても「弥生」だの「水無月」だの「葉月」だのと並べたら、あまり美的とは言えない。

強いて言えば、極月の方が、凄まじいような、怖いようなギラっとした美しさはあるかもしれない。

「師走」と言うとやっぱり、お坊さんが走っている姿を連想してしまう。
いや、もちろんもとはと言えばこのイメージは正しいのだ。

しかし昨今お坊さんが走ると言えば、駐車禁止のせいで、どちらかと言えば、お盆だのお彼岸だ。
その頃には、そこかしこの路地で走るお坊さんに遭遇する。
だからどうも現代のお坊さんが走るというイメージは、時候が混乱してしまうのだ。


だから混乱を招く「走るお坊さん」の執拗な幻影を丁重に払いのけながら、もっと他の「師走」のイメージをリサーチするのであるが、どうにもこうにも、普段見ないようにしている、時の流れの深い淵を、覗かざるを得ない時期である。

12月の始まりをまたぐや否や、周り中の大人が呟く。
まるで靴を脱ぐように、手袋をはめるように、コートを着るように、お茶を飲むように、

「速いですねー!」。

隣の奥さんも、久しぶりに電話した友人も、保険の外交員も、内科の先生も、看護婦さんも、水道屋さんも。

「そんなことないですけどね」なんて言う大人には、いまだかつてお会いしたことはない。

大人になるということは、身に染みて時の流れを、その速さを感じるということなのか。
なんだかちょっと寂しいなあ。人類皆浦島太郎ということろか。

浦島太郎は竜宮城で遊んでいたのであるが、大人は皆働いている。

経済的な意味だけでなく、労働という身体的な意味だけでもなく、現代人は意識そのものが、休みなく働いているような気がする。

昔に比べたら、情報量は天文学的に増えたのだろう。
それだから却って、何一つ選択するのにも、何が一番ベターなのか、何が一番より良いのか、絶えずアンテナを張って、小さな選択を繰り返しながら、一日を過ごしているのではないだろうか。

そしてその意識の動きが癖になり、絶えず二者択一のような精神状態で、意識がいつもフル回転しっぱなしになっているのかもしれない。

あれやこれやと、まさに思惑の雑居ビルの如き大人の一日。

子供の頃の時間は無限と限りなくシンクロしていた。
ありとあらゆるところに、無限がぽっかりと、泉のようにその口を開けていた。

落ちてくる雨垂れが、水溜まりに広がっては消えるのををじっと見つめている時、
線香花火の最後の火の玉の震えをじっと見つめている時、
そして冬の引き締まった冷たい匂いを、肺の奥まで真っ直ぐに吸い込んだ時。

無為に過ごしていた子供時分にあのような素晴らしいご褒美をもらっていたのに、
これほど一生懸命生きている大人がそういう喜びからどうにも遠のいてしまうのは、なんだかつまらない。
それなら大人も無為に生きろって?いや、それじゃあ食べていけないから。

子供時代というのは、母親の胎内から脱出していても、巨きな自然の胎内には、まだ抱かれたままなのかもしれない。

俳句を作るということは、その巨大な万象の胎内に、何かと連絡を取ろうとしているような、そんな様な気がするのだ。


雑居ビルの出口を探して。









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お知らせ

いつもご訪問頂きありがとうございます。 「俳句とエッセイ時々音楽」のブログ名を、「A Cup of俳句」に改名させていただきます。宜しくお願いいたします。

プロフィール

ネコヤナギ

Author:ネコヤナギ
俳句は一行詩。コンパクトな宇宙です。それと日々出会う物・事を気ままに綴り、ジャンルにこだわらない音楽のことも少し。俳句は1994年から書き溜めていたものを2017年1月から遡ってまとめました。
60代突入・主婦時々グラフィックデザイナー。在宅ワーカーです。
趣味は俳句・ガーデニング・音楽・デザイン。

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