9月 新しいカフェ(2016)

無花果の香分け入る夜の腑



白粉花や言えなくてもやもやしてる



月見草次第に小さくなって愛



名月も一人はあんなにすがすがしい



カンナ咲けば軍艦のような夕暮れ



蝉しぐれ過去が迷路になっている




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新しいカフェに入れず虫の声

もともと新しいことをするのが、苦手というか億劫なほうなのであるが、そこへもってきて年を重ねるとますますそういう傾向が著しい。

駅前にカウンターだけの、小さなカフェができた。
客席のスツールと壁の間は、人ひとりがやっと通れる、という感じの狭さである。
気になりだしたのは、その前を通ると、珈琲のとても良い香りがしてくるから、この香りのレベルからゆくと、かなり美味しいコーヒーなのではないかという予感。
それから、客のいない暇な時間に、マスターと呼ぶにはまだ若いのでは、というくらいの店主が、カウンターの中に突っ立ったまま、一心に本を読んでいることが多いということ。
いったい何を読んでいるのだろう、なんとなくそんなことを考えながら前を通り過ぎる。

私の職業はグラフィックデザイン、とはいっても主婦の在宅ワークであるから小規模なものであるが、偶然、そのクライアントの一人が、そのカフェの主人を知っていた。
○○君はいい人ですよ、コーヒー豆も良いから、行ってみなさいよ、と名刺をくれた。
私の住んでいる私鉄沿線の街には、カフェらしいものがない。
モスバーガーが一軒、自宅カフェのようなあんまり入るのに気が進まないかんじの店が一軒あるにはある。
それから、紅茶専門店が一軒。
こじんまりと落ち着いた雰囲気で、私の好きなブリティッシュ・ロックが小さな音でかかっていたりするのだが、紅茶専門店は、やはり「カフェ」ではないのだ、というのが私の感覚だ。

主婦兼在宅デザイナーというのは、致命的に外界から遮断されやすいポジションである。
周りはいいわねー、家で仕事できて、などというが、やはり満足するまで、どこまでも仕事をするのが許されてしまうから、入稿前は寝るのは朝だ。

仕事が立て込んでいれば、家から全く出られない。p・cの後ろを向けばやらなくてはならない家事だけが待っている。
人にはほとんど合わない、家族のみとコミュニケーションをするしかない、物凄く気持ちが停滞しやすい生活形態なのである。
だからこれといった用事がなかったとしても、ちょこちょこ外界の空気を吸いに出かけないと、煮詰まって煮凝りにでもなってしまいそうになる。

だが自分の街にこれといった居心地の良いカフェがないので、仕方なく3駅離れた町の、デパートの9階にあるブックカフェまで足を伸ばさなくてはならないのだ。
まず駅まで歩く、そして切符も買わなくては、電車にも乗らなくてはコーヒーが飲めないなんて、間違ってる、などと思いながらも、そうするしかない。
そこは三省堂がやっているブックカフェで、新品の本を、3冊まで本屋の店先の方から選んで、隣続きになっているカフェに持ち込めるのである。
職業柄、デザイン関係の本はほんとに高額なので、ここでゆっくり目を通せるのはとてもありがたい。
パソコン関係の実用書も、ここでかなり読み込める。買う必要がある時には、ゆっくりと品定めができる。
俳句関係は超メジャーなものしかないのが残念だが、その他料理の本、大好きなインテリアの本、それから興味のあった、村上春樹の新刊、なんかを心行くまで読めるのだ。
誤って本を汚してしまったとしても、弁償はしなくてよい、とのこと。
値段は少々張るが、この待遇なら仕方ない。

特に「本日のお勧めコーヒー」は、とても美味しい。
だが、ここに例えば一日、二日おきに行く、なんてことは不可能である。主婦ともなれば、時間もお財布の中身も豊かとは言えない。
そこで自分の住む町に、居心地のいいカフェがあればどんなにいいだろう、いつもそう思うのだ。
「今日は外に出た」イコール「スーパーに行って、そして帰ってきた」。「帰って、仕事と家事」。では、あまりに悲しいではないか。
「今日は○○カフェに行った。それからスーパーに行って、夕飯の買い物をした。夕焼け空を眺めながら、帰ってきた」。
せめてこんな風に、いきたいものだ。



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よし、ではあの駅前カフェに今日こそ行ってみよう、と固く決心をして、そのつもりで、家を出た。
道順もいつもと変えて、新鮮な気持ちで私は歩いて行った。
うーん、コーヒーは美味しいかな。常連はどんな人たちなんだろう、などと想像を巡らしていたが、ふと、コーヒーを注文した後、何か喋らなくてはならないだろうか、と思い至ると、歩く速度が心持落ちた。
無論普通のカフェならば、注文だけすればあとはこれといって店主や従業員と会話する必要はない。
だがああいうミニマムなカウンターだけの店で、目の前に店主が立っていたら、どうなのだ。
見たところ、お客さんは大体2人くらいの時が多い。
だがもしお客さんが誰もいなかったりしたら、コーヒーを注文したあと、だんまりというのは、こちらの方も気づまりになってくるのではないだろうか。
いやいや今日は天気もいいし、お客が誰もいないってこともないだろう。
それにたとえそうだったとしても、名刺をもらった、クライアントの名前を出せばすぐに会話のきっかけにはなるではないか。そう思えば、少しは勇気が出た。

そこで自分を励ますように勇み足で、店の至近距離まで近づいた。
しかし、店にはたまたまお客さんが誰もいなかった。
意識しすぎてギクシャク歩いていた私が変だったのか、コーヒー豆を売る窓からこっちを向いていた店主が、じろりと警戒したような鋭い一瞥を投げてきた。
変なおばさん、とでも思ったのだろうか。
こうなるともう、だめだった。私の足はそそくさと自動的に店の前を通り過ぎでしまった。

大人になると、意図したことを実行できなかったというのは、結構自己嫌悪になるものだ。
だから、私はあきらめなかった。
家から出て、スーパーに行って、そして帰ってくる、この恐ろしく刺激のない行動パターンが、いい加減いやだったのだ。

また次の日、私はそのカフェに立ち寄る決心をして、家を出た。
今日こそは、と店に近づいて行くと、今度はとても混んでいた。
そして、中からは、和気あいあいの、楽し気な複数の笑い声が絡み合って響いてきた。
私の足はゆっくりと方向を変えた。
あの楽しそうなお仲間の中に、いきなり一見さんの私が突入して、どういう雰囲気になる?
こちらだけ一人だんまりを決め込むのも、何か無理してお仲間に加わるのも、同じに気が進まなかった。
やれやれ仕方ない。今日のところは通り過ぎよう。

さて何日かすぎて、まだ私はあきらめていなかった。
今日こそは自己嫌悪の自分とはおさらばしよう、そう心に決め込んで、店の角に近づくと、今日は中には、なんとなく怖そうなお兄さんかつおじさんがいた。こういうのって、誤解の場合も多いんだけど、よくわからない。
それでなくても心細さを気持ちのバックにしょっているから、ひとたまりもなく私の足は方向転換をしてしまった。あーあ、これでいったい何回目。

それから後も、2,3回、チャレンジは続いた。だが似たり寄ったりの小さな違和感のために、ついには私はその店に入ることはできなかった。
うーん、困ったものだ。いい年して、新しいカフェにぐらい入れないものか!
私はしばらくの間、なかば諦めたような気持になっていて、そのことを忘れていた。

ある日、3駅離れたブックカフェに行った帰りの電車が、自分の駅に滑り込む寸前、私の脳裏に明るい考えがひらめいた。
そうだ、駅についたら、すぐ目の前のあのカフェに、今日こそ入ってみよう!
いつもは家からあの店のある街角まで、6.7分は歩く。それこそが元凶なのではないだろうか!
その間あれこれと考える、考えすぎるから、店の前に着いた時、諸条件に負けてしまうのだ。
そうだ、そうに違いない。

胃のなかには、まだ9階のブックカフェで飲んだコーヒーが消化されていないような気がしたし、カフェのはしごなんてあり得ないと思いつつ、この際そんなことにかまっちゃいられない。
兎に角一度入ってしまえば、あとはもうなんとでもなるではないか。
考えるな!考える前に入ってしまえばいいのだ!
私は少し高ぶっている気持ちを抑えて、駅を出ると、その店に向かった。
すると!なんということだ。

店は臨時休業で、シャッターに貼られている、お詫びを書いた紙が、秋らしくなってきた夜風にひらひらと揺れているではないか。

その時、私の中で、何かが終わってしまった。
それ以来、私はあのカフェに入ることを、考えなくなってしまった。
今日も立って本を読みふけっている店主の眼前をすーっと素通りしてゆくのである。



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お知らせ

いつもご訪問頂きありがとうございます。 「俳句とエッセイ時々音楽」のブログ名を、「A Cup of俳句」に改名させていただきます。宜しくお願いいたします。 また、当ブログ内に埋め込んでいた音楽配信動画のうち、違法にアップされたものは削除いたしましたが、公認されているものも色々ありましたので、再度少しづつ載せていきたいと思います。ジャズ・ロック・クラッシック、ジャンルは問いませんが、心に沁みるアコースティックなものをコラボ。

プロフィール

ネコヤナギ

Author:ネコヤナギ
俳句は一行詩。コンパクトな宇宙です。それと日々出会う物・事を気ままに綴り、ジャンルにこだわらない音楽のことも少し。俳句は1994年から書き溜めていたものを2017年1月から遡ってまとめました。
50代後半、双子座・A型・主婦兼グラフィックデザイナー。在宅ワーカーです。
趣味は俳句・デザイン・音楽・手織り。最近ホロスコープの奈落に足を突っ込んでいます。

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