6月 大賀蓮(2016)

紫陽花や雨の重みでかんがえる



一足ごとに梅雨に深入りする




20166d.jpg




蓮放電す朝の空の被膜へ



蓮咲いて街の物音はじまりぬ


今が見ごろだという、早朝の千葉公園の蓮を夫が見たがっていた。
在宅ワークという商売柄、早朝にやっと就寝というのが家の生活パターンなので、そりゃ無理と言っていたら、
発想を転換した夫は、「寝る前に見に行けばいい」という。
「今から行く」と、珍しく行動的になっている夫に、それも面白いかと付いていくことにした。
「大賀蓮」の名所の池は家から車で6.7分の近さだ。
行ってみると、まだ5時前というのに、2,3人の男性が三脚を肩にうろうろしている。
早朝の蓮だなんて、さぞかし神々しい非日常的な世界が展開されているのだろうと思いきや、
「ゴー、ガー、ゴー」と凄い鼾のような声があちこちでしている。
たぶん牛蛙というものではないだろうか。
牛にそっくりの大きな声で鳴いて、それがうるさくて問題になっている、と何かで読んだ。
どんな蛙なのだろうと一生懸命探したが、残念ながら遭遇できなかった。
あれだけ蓮の葉が池を覆いつくしていたら、無理もない。

蓮の葉は、軽いものなら、ちょっとしたものを置けそうである。
肉厚で、原始的で、茎も強靭にぐいぐい伸びてます、という感じ。
つぼみなどは、鳥か、蛇のようである、。
まだそんなにたくさんの花が咲いていたわけではなかったけれども、開花している花は、「花」という雰囲気を超えている。
植物というより動物に近い迫力がある。
だがそのくせ、不思議に人工的な雰囲気もあって、お盆の作り物の蓮の花に似ていると言ったら逆なんだが、造花のような雰囲気もあるから、不思議な花である。
原始的な雰囲気と人工的な感じが同居している。
花の向こうに昼月、いや正確には朝月が、繊細かつぼんやりと、浮かんでいた。




ランキング始めました。
応援お願いします。

にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ
にほんブログ村
スポンサーサイト

お知らせ

いつもご訪問頂きありがとうございます。 「俳句とエッセイ時々音楽」のブログ名を、「A Cup of俳句」に改名させていただきます。宜しくお願いいたします。

プロフィール

ネコヤナギ

Author:ネコヤナギ
俳句は一行詩。コンパクトな宇宙です。それと日々出会う物・事を気ままに綴り、ジャンルにこだわらない音楽のことも少し。俳句は1994年から書き溜めていたものを2017年1月から遡ってまとめました。
50代後半、双子座・A型・主婦兼グラフィックデザイナー。在宅ワーカーです。
趣味は俳句・デザイン・音楽・手織り。最近ホロスコープの奈落に足を突っ込んでいます。

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR