5,6月 若葉犇めく(2009)

若葉犇めいてああ言えばこう言う子



モニターを消せば背後に緑夜あり



蜘蛛降りて宙にとどまる思案かな



子育ての裏目裏目へ夏嵐



短距離走一団万緑圧倒す

中学三年生の運動会の短距離走である。選手は足の速いものばかり選抜してある。その一団が砂煙と共に、怒涛のように過ぎた時に、汗の混じった若い体臭が鼻先をかすめた。

その迫力たるや、校庭の木々も校舎も、後ろへ退くように感じられた。
そういえば、この年になって、騎馬戦を見ると面白くて興奮するようになった。血を流す戦いは嫌いだけれど、こういうのは、いいな。




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野茨の露に朝日が刻一刻

この光景は、現在の野ばらを見て、はるか昔、十四歳の頃目に焼き付いている光景を思い出して、詠んだもの。
そのころ住んでいた家の庭に野ばらが植えてあった。
ある朝登校しようとしたら、雨上がりの朝だったのだろう、鮮やかな紅色の花というだけでも、未だ覚めやらぬ目には、十分に鮮やかだったが、
その花の上に無数の水滴が、一粒づつそれぞれに鋭利、といってもいいような朝日を宿して、カットグラスのように燦然と輝いていたのだ。

そんな眩しい一瞬の光景が、何十年たってもまだ自分の中にあって、通りすがりに野茨を見ると、ああ、と思いだすのである。
               
蕪村の句に、「愁いつつ丘にのぼれば花茨」があるが、
初めて読んだ時に、メランコリックなショパンのピアノ曲が聞こえてくるようで、江戸時代のおじさんが作ったとは、とても信じ難かったのを覚えている。




暫くは月に懸れる蜘蛛となり

夕飯に使うハーブを少し採るために、とっぷりと暮れたベランダに出ると、あわやというところで、眼の前に大きな蜘蛛が巣とともに揺れていた。ちょうどその向こうに大きな夏の月



またひとつ帰途の荷増えて梅雨に入る




紫陽花に夏日来りてマチスかな 

温暖化のせいで、紫陽花が咲き始めている頃に、もう30度などというのが、珍しくなくなった。
夏日のような日中に紫陽花を見るのは、しっとりした小雨の中で見るのとは大違い。
乾いたかんじの中間色の花を見ていたら、マチスだな、と思ったり。




紫陽花のひとつに色の残りをり



五月闇主婦われとわが身に遠く

主婦というのは、油断していると、あっという間に自分というものから遠くなる。
きりもなく続く雑用のせいだろうか。
手袋の中で、指が短くて、手袋の先に指が到達しない、あのまだるっこしい感じ。
自分の感覚や自分の思念というものから、うかうか遠のいているうちに、月日が過ぎてゆく。




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お知らせ

いつもご訪問頂きありがとうございます。 「俳句とエッセイ時々音楽」のブログ名を、「A Cup of俳句」に改名させていただきます。宜しくお願いいたします。

プロフィール

ネコヤナギ

Author:ネコヤナギ
俳句は一行詩。コンパクトな宇宙です。それと日々出会う物・事を気ままに綴り、ジャンルにこだわらない音楽のことも少し。俳句は1994年から書き溜めていたものを2017年1月から遡ってまとめました。
50代後半、双子座・A型・主婦兼グラフィックデザイナー。在宅ワーカーです。
趣味は俳句・デザイン・音楽・手織り。最近ホロスコープの奈落に足を突っ込んでいます。

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