2月 雪昏昏(2004)

凍て星の眼下沈丁の花芽ととのふ



水仙に少年少女瞬く間



いつも何かが足りぬ休日冬木立ち



熱の子の午睡は長き梅の宙



梅の枝向こうに夕焼けひらけくる




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髪切って冬空肩に乗っている



語っても語っても雪語り尽くせずに



一時も静止するもの無く雪の宙



あたふたと空千切れ行く牡丹雪



どうやってここで生きるか雪昏々



雪昏々荒唐無稽な夢の筋



湯の中で手足芽吹きそう雪の夜



雪かすか浮遊している・想っている





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子供を遊ばせていた公園で知り合った一人のママ友がいた。
明るくて聡明だった。そして彼女の息子はどちらかといえば腕白だった。
砂場などでもめ事が起きると、彼女は力づくで息子を引っ張り出して問い正し、こちらが悪いと分かれば、徹底的に大きな声で叱り、謝罪させた。 誰が見ていようが、周りのことは関係なかった。
彼女が良く言っていた言葉は、「自分がされたらどう思うの?」「自分がされたらどんな気持ちがするの?」
息子の両腕をぐっとつかみ、嚙みつくような迫力で、彼女は問いただす。

真剣だった。本当に真剣に子供を育てているのだった。
今の時代、私の経験から言うと、人前で徹底的に子供を叱るひとは、とても少ない。そういうところに惹かれていた。

そんな彼女に鬱病のことを言うべきか躊躇した。
彼女の明るさと鬱病は、どう考えても正反対の世界だと思った。

しかし言ってみると、全く思いがけない結果となった。 彼女は何ら特別のことという反応を示さなかった。
それどころか、やけにいろいろと詳しかった。良く聞くと、なんと彼女の兄は、精神科の医師だったのだ。

そして「鬱病は、今の時代、誰でもかかる。風邪とおんなじだからねっ!」
彼女のこの言葉が、最初の突破口に、なった。

それはもちろん、風邪と同じであるわけがない。
それは底なし沼のように得体の知れない恐怖をともなっている。

しかし、鬱病と風邪の間に横たわっている、暗く大きな隔たりの川を、
私は無理にでも縮めてみることを試す気になった。

「風邪と同じ」これはつまり「治る」ということだ。

「風邪と同じ」私はこの言葉に向かって、命綱のロープを投げたのだ。







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いつもご訪問頂きありがとうございます。 「俳句とエッセイ時々音楽」のブログ名を、「A Cup of俳句」に改名させていただきます。宜しくお願いいたします。

プロフィール

ネコヤナギ

Author:ネコヤナギ
俳句は一行詩。コンパクトな宇宙です。それと日々出会う物・事を気ままに綴り、ジャンルにこだわらない音楽のことも少し。俳句は1994年から書き溜めていたものを2017年1月から遡ってまとめました。
50代後半、双子座・A型・主婦兼グラフィックデザイナー。在宅ワーカーです。
趣味は俳句・デザイン・音楽・手織り。最近ホロスコープの奈落に足を突っ込んでいます。

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